表現の世界で、人を救える存在になりたい

3.11を経験したとき、私は「表現の世界で、人の心は救えない」と信じた。
当時、レンタル店で社員をしていて、私の周りにはエンターテイメント的なものしかなかった。
映画、ドラマ、音楽、ゲーム。
周りにあるすべては、何を救えるのかと思った。
私がこれまで仕事にしてきたものすべてが、無力であり、無価値だと信じた。

仙台で私の従兄弟の家族が被災し、生まれて1年にもならない子供が亡くなった。
私の大好きな祖父母にとっての、初のひ孫。
私の大好きな叔父と叔母にとっての初孫。
あの日が、奪い取っていった。
私は出会うことのなかった小さい命。

当時、仕事で心身ともに追い詰められていた時期でもあったから、未来がある小さい命が失われたことが許せなかった。
死ぬなら私が死ねばよかったのに、と思った。

小さいころから特撮が好きだった。
ウルトラマンとか、仮面ライダーとか、戦隊とか。
だから、正しく生きていればちゃんと救われると、子供の時から信じていた。
どれほど苦しくて、絶望するような環境に置かれても、そこはぶれないでいた。
世界はそういう正しさに満ちていると思っていた。

自然災害は3.11までもたくさん日本を襲ったけれど、自分に大きくかかわったのは3.11が初めてだった。

その時私の心は、どんな表現の世界のものも救ってくれなかった。

特撮の世界にあるような奇跡は現実には起きない。
しばらくそういう光に満ちたものは見られなかった。
「嘘つくな、助けてくれないくせに。」という心を引き裂くような思いに駆られて憎んでしまいそうだったから。
逆にダークなものも私の心を救ってはくれなかった。
海外ドラマのサスペンスものが大好きだったが、あまりにも深く「犯人と私と何が違うのだろう。」と深く同調してしまいそうになったのでやめた。

音楽は外の世界の雑音を消すために聞いていたが、何も耳に入ってこなかった。
好きな小説も集中して読めなかった。
ゲームもただの無意味な操作でしかなかった。

ブログにいくら悲痛な思いを書き綴っても、少しも心は癒されなかった。
むしろ心がどんどん傷ついていくようだった。

あまりにつらくて、エンターテイメントや表現するものは人の心を救えないのだと信じた。
仕事にしているのに、目の前の「作品」を「商品」としてしか見られなくなった。

あれから年月が経った。

今日、平昌オリンピックで行われた、フィギュアスケートをエキシビションまで見終わった。
全ての試合を可能な限り全部見た。
エキシビションには特に心を打たれた。
これまでエキシビションは「失敗しても減点されないから、一番安心してみられる」という理由で見ていた。
でも、今回はいろんな選手の表現力に圧倒された。

アイスダンス6位だった、イタリアのペア、アンナ・カッペリーニとルカ・ラノッテのプログラムはすごかった。
チャップリンメドレーは今大会でも、複数の選手が滑っていたから「あぁ、またこれか。」と思ったのを瞬間で打ち消した。
ラノッテ選手が、チャップリンそのものだったからだ。
チャップリンがスケートしたら、絶対にあんなふうになるだろうと思った。
一瞬一瞬の表情や動きが、チャップリンだ!ってこっちがぞわっとくるぐらいだった。

男子17位だった、ミーシャ・ジーのプログラムは、彼のスケートへの凄みを見た。
歌入りの音楽が禁止されている時代から「フィギュアの将来のため」と歌入りの音楽を使い続けて競技会に挑んでいた彼。
エキシビションがもうヒップホップ系の振り付けで、スケート靴履いてここまで踊れる?!って目が釘付けだった。

エキシビションではないけれど、女子銀メダルだったエフゲニア・メドベージェワ選手のフリーの演技は圧巻だった。
あの演技力はなんだ。あの表情は何だ!ぐっとつかまれた。
銅メダルのケイトリン・オズモンド選手のブラックスワンは、一瞬ぞわっとするぐらいブラックスワンに見えた。

全力で楽しませてくれるプログラムもあるし、これでもかと美しく見せてくれるプログラムもあった。
見るたびに心が動いた。
声をあげて笑ったし、美しさに目を奪われた。
それぞれの表現の世界がどんどん私にぶつかって、通り過ぎていった。

エキシビションの最後に全員で滑るプログラム「This is me」も圧巻だった。
「あぁ、いいものをみた。これを見るとどんな落ち込んだ日も立ち直れるだろうな。」
と思った。

そしてさらにこう思えた。

「表現の世界は無限で、人の心を救えるものだ。」と。

それぞれの人の心が、いろんな表現を使って世界に発信されている。
私は今回それをフィギュアスケートから受け取った。
フィギュアスケートだけでなく、絵だったり、写真だったり、デザインだったり。
私のかつて好きだった、エンターテイメントもそうだろう。

今日、ようやくその境地に戻ってきた。
というより、改めて見つけた、といったほうがいいのかもしれない。

そして強く思った。
「私のその世界で生きたい。私も表現の世界で人を救える存在になりたい。」

もしそういう存在になれたら、3.11に一度表現の世界に心を閉ざした、あの日の私を救える気がする。
そしてそれができたら、あの日失われた、一度も出会うことの叶わなかった、小さな命に、胸を張って生きることができる気がする。

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蒼(あおい)

蒼(あおい)

【真夜中のブロガー】 ●小さいころから自分が書いた文章で生きていきたいと思う会社員(接客業10年以上) ●実生活では本当の自分をだせず、ネット弁慶だったことから、大好きなblogで当時のファン友達を失うという大失敗を経て、それでもなお、文章で自分を表現すること、人に喜んでもらえるようなものを書きたいと挑戦中!! ●接客業を通しての仕事観、日々の雑感などを中心にほぼ毎日更新中。 ●夢は小さいころから変わらず本を出すこと!「何か語らないときっと後悔する」っていうサブタイトル通り、時代に爪痕を残せる人間になります!よろしくお願いします!! twitter:@yazumi_aoi