自分の人生は常に誰かの2番手、ではなくなった。

先日のブログで、私は3ヶ月で変わって「ここから本番だ、私の人生!」というブログを書いた。

3ヶ月前の私とどれぐらい変わっただろうか、ということを書いてみようと思う。
自己満かよ、と思われるかもしれない。
でもこれは必要なことなのだ。

なぜかというと、3ヶ月経って変わったのに、私は先日のセッションで「あれ、私ってそんなに変わったけ?」って思ったのだ。
少しずつ着実に変わっていったのだけれど、少しずつだったから大きく変わった気がしなかったのだ。
というか、今もどこかで「私ってまだまだダメじゃん!」って自分を責めることがある。
「何にも変わってないじゃん!」とメンタルがぐらぐらと揺さぶられて、下を向いてしまう。

でも、ちゃんと変わったのだから、しっかり記録しておきたい。
シリーズ化しちゃうかな、だって、結構あるから。

ちなみにこのアイキャッチの写真は私。

BEFORE:2番手が妥当、1番になって絶対になれない

これはものすごく私の中で根付いていることだった。
勉強はできたほうだったから、成績は悪くなかった。
でも何かの教科に秀でていたわけではないから、クラスでトップになったこととかなかった。
超得意としてい英語でも100点は1回しかとったことがなかった。

高校受験の時に、自分の内申点では学区のトップの学校に入れないことがわかった。
2番目の学校もぎりぎりだったけれど、そこを志望して入れることができた。
(なぜかその年超不人気で、倍率がほぼ1倍で全入したんじゃないか・・という噂があった)

大学受験の時も、理数系が全くできなかったこともあるし私立大学をめざした。
国公立至上主義の父親(自分が公立大学、国立大学院出身)に「妥協した」といわれて傷ついた。
第一志望の大学に入ったけれど、やっぱり「二番手」だな・・・と思っていた。

この2番手思考の原因を、コーチである矢作雅子さんに体験セッションにずばり言い当てられた。
「家族の中で常に、弟さんが1番で、あなたは2番だから。」

がつーーーんとショックを受けたと同時に、そうか、そういうものか、ということが腑に落ちた。
我が家は弟を中心に回っているといっていい。(弟から見たら違うだろうとは思う。聞いたことないからわからないけれど。)
というより、母親が弟を中心に生きているのだ。
「あなたは何でも一人でできるから」
「手がかからない」
と言い聞かせられて育ち、なんだったら去年の11月にもいわれた。
私はその言葉に応えるために1人でやってきた。

弟が生まれた4歳の時からだ。私は4歳の時に子供をもう捨てた。
弟が小さかった時、たぶん何かで留守番をしていたのだと思う。親はいなかった。
でも、突然むくむくと憎しみがこみあげてきて、どうしようもなくバンバンたたいて泣かせたことがあった。
泣かれてはっとして、ごめんっていて手をとめるのだけれど、泣き止まれるとまた、ばんばん叩いた。
その自分が幼いながらに恐ろしくなって、2~3回でなんとか抑え込んだのだけれど、あの時の憎悪みたいな気持は忘れられない。

お前のせいで愛してもらえなくなった!という怒りや憎しみを、親ではなく弟に向けたのだ。
そして、あの日押し込んだことが、たぶん私の2番でいいという思考のはじまりだったんじゃないいか。

弟には常に敗北感を抱いていた。
手先が器用で、私ができない工作もオリジナリティの高いものを作り上げ、絵も抜群にうまかった。
字もきれいで、常字がに汚いといわれていた私は劣等感を抱いていた。

学業も弟は必死の努力で、高校も本人が希望した難関校に合格した。
大学も自分のやりたい分野のために、浪人覚悟で挑戦した国立大学に現役で合格した。

なんていったって、国立大学だ。
父親の喜びようも半端なく、私も喜んだけども心中複雑だった。
国立大学>私立大学。
私は弟に完全に敗北した。

弟は一点集中、猪突猛進型で、集団生活や要領よく何かをこなすことは不得意だった。
その点、私はその逆をいっていた。
弟の面倒をみてあげてる!というところでプライドを守っているところがあったのだと思う。
でも、本当は「私は弟の次で、親にそこまで愛されていない」という2番手思考を身に着けていたのだ。

そしてその思考が現実化し、私は常に2番手の人生を生きてきて、それを当たり前だと思っていたのだ。
必ず自分の前に、壁となる誰かが立ちはだかって負ける、と思っていた。

AFTER:主体的に生きている

今、弟や家族に対するわだかまりがなくなったか?といわれると、それはまだ解消していない。
(ここは課題で、正直家族と連絡はとっていないし・・まぁ・・それはこれから向き合うこともあるのだろうと思う。)

だが、人生は常に2番手が妥当という考えはなくなった。

というか、あんまり考えなくなった、順位を。

私の周りにはたくさんのステキなひとがいる。

自分でビジネスをして稼いで輝いている人、
ものすごく人望があって、人が集まってくる人、
文章がまねできないぐらい、個性があって読んでいて面白い人。

今までだったら、全部に敗北感を抱いて立ち上がれなくなったと思う。
勝てない、勝てない、勝てない、自分はだめだ・・みたいな。

でも、今はただ「すごいなぁ・・」って思う。
「悔しい、うらやましい!」とは思う。
でもその「悔しい、うらやましい!」がイコール「自分がだめ」ということにならなくなった。

自分でビジネスをして稼いでる人には「すごいなぁ、どうやって確立したんだろう?」って聞いてみたいし、
私が貢献できることってあるのかな?とか思う。

人望がある人には、あってみたい人を紹介してもらいたいなぁ~とか思う。

文章に個性がある人には、「あの人の個性をまねしようとしてもできない、私は私でいいのよ」って思う。

すごい人はたくさんいる。
でも、それが自分がすごい人にはなれない、というのは違うんじゃないか。

今はそんな思いでいる。

だから敗北感はない。
尊敬と、嫉妬はあるけれど。

それだけでも、私にとっては大きな変化なのだ。

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蒼(あおい)

蒼(あおい)

【真夜中のブロガー】 ●小さいころから自分が書いた文章で生きていきたいと思う会社員(接客業10年以上) ●実生活では本当の自分をだせず、ネット弁慶だったことから、大好きなblogで当時のファン友達を失うという大失敗を経て、それでもなお、文章で自分を表現すること、人に喜んでもらえるようなものを書きたいと挑戦中!! ●接客業を通しての仕事観、日々の雑感などを中心にほぼ毎日更新中。 ●夢は小さいころから変わらず本を出すこと!「何か語らないときっと後悔する」っていうサブタイトル通り、時代に爪痕を残せる人間になります!よろしくお願いします!! twitter:@yazumi_aoi