自分を犠牲にしている人は、相手に犠牲を求める

昨日お茶を飲みながら、本を読んでいたら突然ふってきた言葉。

「自分を犠牲にしている人は、相手に犠牲を求める」

自分もやっていた。
自分もされていた。

そういうことを考えていた。

相手に犠牲を求めていた私

私は常に犠牲を強いられていると思っていた。
シフトを決めるにもアルバイトが出そろってから、自分の休みを決める。
まとめた休みを取りたくても「年中無休だから」「人がいないから」と思って鼻からあきらめた。
なので、世の中の増えていく休日日数を目にするたびに、自分の犠牲の上に成り立っているような気がした。
サービス業は犠牲の上に成り立っている仕事だ、と思っていた(というか・・・思っているかも、今も)

上がる時間であっても、お店が混んでいれば残らなければいけない。
スタッフにつらい思いをさせるぐらいなら、自分が長い時間働けばいい。
事務時間がとれなかったら、深夜に残業すればいい。
誰も締め作業できる人がいなけれあ、21日連続で店に行くしかない。

何も言わずに「わかりました。」「すみません。」といわなければいけない。
自分の考えを相手に出してiはいけない、という犠牲を払っていたところもあった。

別に誰かに強いられたわけではない。
今思うと、自分が選んでいたことなんだ。
その会社の中の常識という中で、さらに完璧でいることがプロだと思っていた私が自分に課していたこと。

同じだけ相手に犠牲を払ってもらいたいと思っていた。
だから、犠牲を払わない人間(というか払ってないように見える人間)を敵視していた。

上司が「土曜日休みたい」とかいうと、「お前マジで死ね」と普通に思って氷のような目でみていた。
混んでてもさっさと裏に引っ込んだり、到底無理そうなシフトを組む上司には果たし状を送り付けた。(マジで送った。)
本部から「こういう施策やってよ!」みたいなのがくると
「プレミアムフライデーだからって昼に変える部署が。1回現場に立ってみろ、こっちは年中無休だぞ。」
って呪って、さすがに果たし状は送らないけれど、やんわり「これ以上負担を押し付けられても(笑)」といってみたこともある。

犠牲を払っていない人は敵だから、ストレスがマックスレベルにたまった時は
「こっちは働いてるのに盆暮れ正月に外食に来てんじゃねぇよ」とか、入り口のドアが開くたびに怒りが募った。
子供が生まれました、とか、結婚しました、とかいうお知らせもめでたさよりも先に怒り。
友達なのに祝えない自分にさらに怒り、みたいな感じだった。

相手から犠牲を求められた私

「社会人として辛くて厳しい道を、私を捨てて歩け、それが義務だ。」
と繰り返し言われる会社で働いたことがある。
なんかの標語かと思うぐらいでてくるキーワードだった。

「なにいってんだろう。なんで私を捨てて歩かなくちゃいけないんだ?」って常に疑問だった。

私を貫くと、会社が壊れると本気で思っている会社だったように思う。
もちろん「今日やる気ないです~」とか「このポジションやりたくないです~」ではまとまらないと思う。
公のために、組織のために、自分を犠牲にしろ!といわれるのはよくわからなかった。

なんとなくだが「何かを犠牲にしてやりたいことをやっている、だからお前たちも犠牲を払え。」という思いがにじみ出ていた気がする。
そういう人たちが作り上げている会社だったように思う。

そこにいるあいだ、お金だけでは解決しない犠牲をたくさんしたと思う。
今しか得ることができなかった、出会いや、学び。
そういうことを当たり前にしている会社だった。

犠牲を払うと、人生を手放す

自分から払った犠牲もあるし、
相手から求められた犠牲もある。

犠牲を払って自分が得られたものって何だろう・・・と思う。

自分を犠牲にしている分、人に慕われた気はする。
人望は得られたかな。
私の場合は。

ただその会社の中での犠牲だから、その後のつきあいとかない。
その時だけの人間関係で、退社してから続いている人間関係は0に等しい。
しかも上の人に対して過剰に敵意を抱いていたので、出世的な道からは全く離れていた。
上の人に好かれないから、道が開けるはずもなかった、と今は思う。

でも、そのほかに何を得られたかというと、それほどない。
怒りが強すぎて、他の感情が全然わからなくなったり。
「何かを望んでも無駄。」と思っているから、そもそも何かをしたいとか思わなくなる。

人生を完全に手放してしまっていたと思う。

ということは、相手に対しても犠牲を求めるということは、相手に自分の人生を放棄させることになるということだろうか。
自分のことを考えなくさせるってことだから。
相手の将来に何の責任も持ってないのに、人生を放棄させる。

それって恐ろしいことじゃないだろうか。

今いる自分の場所は、「誰かに犠牲を強いている場所ですか?」「誰かに犠牲を求められている場所ですか?」
時々自分に問い直したい。

目標はネコのように誇り高く、自由に生きる。

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蒼(あおい)

蒼(あおい)

【灯台ブロガー】 ●接客業を11年半やって、2018年5月31日で会社員を卒業しました! ●かつての私のように人生って暗闇だよねって思っている人に、灯台のように、北極星のように、そっと道を照らしてあげられる文章を書いて生きていきたい。 twitter:@yazumi_aoi