「褒める」と「褒められる」に引き裂かれている

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「さすが蒼さん!」と感心してもらった時。
「よくがんばってるよ!」と言われた時。

私、褒められている。
そう思ってもいいだろう。

えっへん、そうやろ?と胸を張ってもいいし
「ありがとうございます、うれしいです!」と笑顔になるのもいいだろう。

そんなこと・・・したことがない。

褒められる=同情、そう思うのが私。

で、肝心の私が褒められた場合の反応。

「ほんとにそう思ってるのかしら、この人。」
という疑いの気持ち。

「いやいや、こんなもんね、もっとうまい人いるからね。」
という自分全然ですよ、という気持ち。

「褒めてはくれてるけど・・他にいいとこなかったからここなのか?」
だんだん落ち込んできて表情が曇り、無表情になる。

このころに至っては、褒めてくれる人が困惑する状態。

褒められているのに、褒められた後のほうが深く落ち込むなんて、日常茶飯事。

「褒める」と「褒められる」に引き裂かされている私

その考えが浮かんだのはヨガの帰りだった。
夜道を自転車で走りながら、なんで褒められるとうれしくないのかなぁ・・とぼんやり思った。

自分なんて、大した人間ではない。
私なんかよりできる人はたくさんいるわ。

いつもの自分はだめだから、的な考えが脳内をよぎっていった。

でも全く無意識に言葉が口からこぼれた。

「少なくとも私は、思ってもないことで褒めたりしないよなぁ。」

おや?

何かが頭の中で引っかかった。

「私は褒められると相手が、私に同情してるからだと思っている。」

でも

「私は相手を褒める時、心からすごいなぁと思って褒めている。」

なんだろう・・・このギャップは。

なんでこんなに「褒める」に自分は引き裂かれているんだろう。

「褒める」

こんなにもプラスの言葉なのに

「褒められる」

能動態に変わった瞬間、私にとって一気にマイナスに変わる。

引き裂かされる、私。

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蒼(あおい)

蒼(あおい)

【灯台ブロガー】 ●接客業を11年半やって、2018年5月31日で会社員を卒業しました! ●かつての私のように人生って暗闇だよねって思っている人に、灯台のように、北極星のように、そっと道を照らしてあげられる文章を書いて生きていきたい。 twitter:@yazumi_aoi