「ネコの私」がいつもの私になったらいいのに

先日、B塾でご一緒させていただいている健介さんのカウンセリングを受けてきました。
2回目です。

この2ヶ月ぐらい・・・しんどくてしんどくて。
気分のアップダウンが激しいのもそうだけど、落ち込んだら立ち直れないんですよ。
立ち直れないまま、仕事に行って、部屋も洗濯物が山みたいになってて、皿も洗えなくて。

Nintendo Switchを買うために動く時しか、元気な私はいなかったんですね。

でもなかなか休みが取れなかったり、落ち込んでるから決心も鈍るし、ずるずるしていました。
でもいかん、今お願いせねば!とようやく腰をあげ、カウンセリングをしていただきました。

カウンセリングで、「ネコの私」を発見しました。
それは、「自由気ままに、好きなことを好きなままやれる自分」を発見しました。

終わったら、急に自由でウキウキして、お腹が空いて、ゲームやるのも楽しいし、
なんかもう、楽しくいこうよ、自分!っていう気持ちになったのでした。

「ねぇ、嫌いにならないで。いい子にしているから」と私は4歳から思っていた

私は人から受ける評価をものすごく気にする人。
だから嫌われたくなくてもがいたり、ちょっとでも自分が話から外されていても気に病みます。

自分の成果や仕事に対してのフィードバックにすら、傷ついたりしてしまう。

何か一つ評価がよくないと、「私って全然ダメ。無価値」と思ってしまう。
そして、全てがだめで、それに比例して生活の質も落ちて行ってしまう。

自分を大切にする価値がないと、自分が思うのですよね。

いい子にしていないといけないトラウマ的な出来事、を私は実は鮮明に記憶していました。
4歳です。

4歳の時に弟が生まれました。
弟を出産するために、母は私を連れて祖父母の家に帰省しました。
私は今はもう亡くなってしまった祖父母、特に大変なおばあちゃんこで、大好きで大好きでしょうがなかったのです。
祖父母の家ではとても楽しく過ごしたんではないかと思います。

で、弟が無事に生まれ家に帰ってきました。
幼稚園の帰りかなにかでしょうか。
母親に何かの原因でものすごく怒られたことがありました。
その時に母はこういったのです。
「おばあちゃんに預けている間もわがままで。お前はどういう育て方をしたんだ、っておばあちゃんにいわれたんだから!」

4歳の私の心を深くえぐった言葉でした。
大好きなおばあちゃんにそんな風に思われてしまったのか。
陣痛で夜中に病院にいってしまった母が恋しくて泣いたのがよくなかったのか。
寂しいから会いたいとわがままをいったのが、よくなかったのか。
いい子にしていなかったら、もうおばあちゃんに大好きでいてもらえないとおもったように思います。

両親が弟にかかりっきりになったのもそこに加わりました。
「ねぇ、私を見て。私もいるんだよ!」

でも、もういい子にしていないと大好きでいてもらえないから、私は黙って「いいこの私」になりました。

そして、その言葉は32歳の私を今でも捕らえ続けている。
一度指導されたことは、一度でできないといけない。
出来て当たり前だ。
愛されるために自分が我慢すればいいんだ、そうしたら嫌われない。

出来ない自分はダメな自分なんだ。
ダメな自分は価値がないんだ。
完璧じゃないとダメ。
ひとつでもできてなかったら、全部だめ。

そんな風に常に思っていました

1本芯のある「ネコの私」が、自分の中にいた。

カウンセリングの中で、「好きなものに、とことんこだわる自分」というものを発見しました。
好きなものを追求する時、周りの評価を考えたことはありませんでした。
「私はクラシックはもう嫌だ。ポピュラー音楽をやりたい。指の練習はちゃんとやる」と先生と交渉したり、
周りが卒業しようとも、特撮が好きだということを隠すこともなかった。
親が読めという本も、私は読みたくないと断った。
友達が新選組ブームの時も、「私、新選組好きじゃないから。」とその中には入らなかった。

そういうときの私は、誰の目も気にせず、自分の価値観や好きなものに堂々としていました。

人にすりよらず、常にマイペースなネコのようなイメージ。

「ネコの私」と名付けました。

「ネコの私」に「いいこの私」が質問してみたら・・・

「私、人に好きになってもらえないとダメな人間なの。」
「私、ちゃんとできないと全部だめだから。」

と「いいこの私」がいったら、「ネコの私」はなんていうと思う?
カウンセリングの中で自分にそう問いかける時がありました。

その時の私。
なんかわからないけど、猛烈に笑いがこみあげてきて

「好きになってもらえない?自分で楽しいことみつけてやってるのに、そんなんどうでもいいじゃん。」
「何か一つできないからって、そんなのたいしたことないじゃん。」

という言葉がすっと口からでました。
いやぁ、もうなんか急におかしくなっちゃって。

どうでもいいよ、だってさ。
たいしたことないじゃん、ってさ。

帰り道、もう楽しくなっちゃって、無駄にニコニコしてました。
その日の夜は指折り数えて楽しみにしていた、銀座の「さいしょ」さんでお寿司を食べるイベントがありました。
すごいメンバーに囲まれているし、そもそもそんな場所に場違いではないのか・・・とか当日までくよくよと悩んでいました。
それが、「ネコの私」が心の中に見つかった瞬間、
「そんなんどうでもいいよ、ものすごい美味しいお寿司を食べられるチャンスじゃないか!場違いとか言ってる場合か!楽しめよ!」
と心が切り替わり、夜はものすごく幸福な瞬間を楽しむことができました。

「ネコの私」が、くよくよしそうになると、ひょいとでてくる。

今日仕事で、裏で何かこそこそと主婦さんと後輩がしゃべっている、
私が用事があって近づくと、話をやめる、みたいなことがありました。
話を聞きたいような、・・でも・・なんて思って先週も同じ場面をみて、くよくよとしてました。

今回もいい気持ちはもちろんしなかった。
でも、「ネコの私」がひょいっと心の中ででてきて
「そんなん、どうでもよくない?仮に悪口いわれてたとしてもどうしようもないし、全員に好かれるのなんて無理だし。」
といったのです。

あ、そっかぁ。
無理だよねぇ・・じゃぁ・・・仕方ないか。
いい気持ちは全然しないんだけど、だからってどうしようもないのかぁ。

そこでその気持ちはいったん終わりになって、また仕事に戻りました。

これからも、「ネコの私」には出てきてほしいし、「ネコの私」がいつもの私になったらいいのにな、と思う。

アイキャッチのネコさんの写真はもう何回か使っているが、このネコさんの顔が好き。

今回、カウンセリングをお願いした健介さんのブログ

語り口も、受け止め方も、とても優しい健介さん。
4歳の記憶の話を人にしたのは、健介さんが初めてでした。
心から信頼して、いつもお話をきいていただいています。

何か人生や、自分の感情にもやもやしている方は、一度カウンセリングを受けられるのもよいと思いますよ!

今回、母親に対する受け止め方も少し変わったのですが、
それはまた今度。

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蒼(あおい)

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【真夜中のブロガー】 ●小さいころから自分が書いた文章で生きていきたいと思う会社員(接客業10年以上) ●実生活では本当の自分をだせず、ネット弁慶だったことから、大好きなblogで当時のファン友達を失うという大失敗を経て、それでもなお、文章で自分を表現すること、人に喜んでもらえるようなものを書きたいと挑戦中!! ●接客業を通しての仕事観、日々の雑感などを中心にほぼ毎日更新中。 ●夢は小さいころから変わらず本を出すこと!「何か語らないときっと後悔する」っていうサブタイトル通り、時代に爪痕を残せる人間になります!よろしくお願いします!! twitter:@yazumi_aoi
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