自分の生きていく上での基準って、案外身近な嫌だと思うことからも見つけられる

目の前で起きている嫌なことに意味があるとしたら・・・。
と昔はここまで考えられなかった。

嫌なことで心が占拠されて、1日じゃあきたらず、2日、3日とずっとひきずっていた。

最近は「この出来事や環境が嫌だってことは、反対がいいんだな~」って思っている。

例えばだけど。

私は喧騒の中でお酒を飲むのって嫌だな~って思う。
ということは、静かに大好きな人たちとお酒を飲みたいって思う。

挨拶無視されるって嫌だな
ということは、私は挨拶をしっかりしあえる関係性が好きなんだな。

どんな理由であれ、相手をののしるとか、罵倒するとか、手が出るような人は嫌だな
ということは、もし相手に注意や、叱る時には冷静に理由と言葉を選んで接するのがいいと思ってるんだな。

どんなに仲良くなっている間柄でも、性差別的な発言をする、体格についてネタにするような人は嫌いだな
ということは、相手がどこで傷つくかはわからないから、そういう話題をださないひとが素敵なんだな

雑居ビルが立ち並んでる中を通勤するって苦手だな
ということは、私は都会じゃないところで働きたいのかな。もしくは通勤が嫌なのかな?
とかとか。

自分の生きていく上での基準って、案外身近な嫌だと思うことからも見つけられる気がします。

だから時々、超イライラすることとか、どうしても許せない事も、「なんでそう思うのかなぁ~」って考えるのオススメ。

「好き」と「ネット」を接続すると、あなたに「お金」が降ってくるby立花岳志 お金の価値観を変えて生きていきたい!

私のブログの師匠である、立花岳志さん(以下たちさん)の新刊本の紹介をしたいと思う。
本屋さんを元気にしよう!というキャンペーンをたちさんがされていたので、久しぶりに新刊本を本屋で予約した。
入荷連絡が1週間ぐらい来ないし、本屋が改装されてしまうで、手元にくるのが遅くなってしまった。
今日読みたい!って、一駅分2kmを全力疾走して閉店1分前に取りに行ったときの、喜びをありありと思い出される。

本の内容は、たちさんのセミナーやいろんな講座を受講した人はみんないっていることだけど、私も言おうと思う。
「え~~これ、超すごすぎるじゃん!!講座の内容ぎっしりだよ!!」

たちさんは今回、セミナーや講座で話していることを余すことなく本に書いている。
それはもはや「このステージの話から、もう進化するからね!」という予告のように思える。

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人生とは流れのようなもの、とあきらめてたまるか!

私はメンタルコーチングを受けて、3ヶ月で「ここから本番だ、私の人生!」となった。
メンタルがいろいろ変わったので、その変わった点を書き記していく。
今日もそのシリーズだ。

1本目の記事▼

2本目の記事▼

こうやって書いていくとちゃんと私は変わっていると気づく。
こういう記録を残せるところがブログのいいところだ、と思う。

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自分の人生は常に誰かの2番手、ではなくなった。

先日のブログで、私は3ヶ月で変わって「ここから本番だ、私の人生!」というブログを書いた。

3ヶ月前の私とどれぐらい変わっただろうか、ということを書いてみようと思う。
自己満かよ、と思われるかもしれない。
でもこれは必要なことなのだ。

なぜかというと、3ヶ月経って変わったのに、私は先日のセッションで「あれ、私ってそんなに変わったけ?」って思ったのだ。
少しずつ着実に変わっていったのだけれど、少しずつだったから大きく変わった気がしなかったのだ。
というか、今もどこかで「私ってまだまだダメじゃん!」って自分を責めることがある。
「何にも変わってないじゃん!」とメンタルがぐらぐらと揺さぶられて、下を向いてしまう。

でも、ちゃんと変わったのだから、しっかり記録しておきたい。
シリーズ化しちゃうかな、だって、結構あるから。

ちなみにこのアイキャッチの写真は私。

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ここからが本番だ、私の人生。

去年12月の終り。
東京駅にあるホテルのラウンジで、私は場違いな空気にびくびくしていた。
1杯1000円クラスの飲み物、フードはもっと高い。
そういうところでくつろいで、談笑しているのは年配の人とかだけじゃなく、若い人も多かった。

1000円の飲み物を前にくつろぐなんて、想像もできなかった。

私はコーチングの体験セッションにきていた。

同じブログ塾で知り合ったメンタルコーチの矢作雅子さんに声をかけてもらって、体験セッションをうけることにしたのだ。
今でも思うが、私は声をかけてもらわなかったらコーチングを受けなかったと思う。

昔会社の中でコーチングとはというものを学ぶ機会があったのだが、その時によい思い出がなかったからだ。
「答えはクライアントの中にある、だから、それを助けるだけ」
という風に教わったけれど、それが怖かったのだ。
「答えが正しいかなんてわかりもしないのに、応援されるだけって無責任すぎない?!」

確か・・・25歳かそこらの時だったと思う。
それから10年近く経ってようやく、私はわかった。
「私の中に確かに答えはある。」と。

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鎧を脱いで、自分の体を気体にしていこう

最近ブログに書くことが遠ざかっている。
ちょっと諸事情で、この場所に書きにくい気持ちになっている。
たぶん、いずれは脱すると思うのだけれど。
それまではほかの場所を使いながら、やっていきたいと思う。

それでも何かしらを毎日発信している。
書いている。

今日はおもしろいことをいわれたので、それを記録しておこうと思って、ブログのページを開いた。
思い立って、マッサージに行った。
いつも予約してからいくのだけれど、今日は前を通り過ぎたら「すぐご案内できます!」という看板があったので、とびこんだ。

そこで1時間ほどやってもらったあとに、担当してくれた方にいわれたのだ。
「左肩があがっちゃってますが、ストレスとかありますか?」
即答した。
「そりゃあ、もう!!!」
担当の人は苦笑して、こういった。
「そうですか・・・体がストレスでガチガチにかたまっちゃうってこともあるので、旅行とかにいって、ちょっとリラックスするといいかもしれませんね。」

マッサージに行ったのだから、アドバイスは呼吸とか、ストレッチとかだろうとおもった。
だけれど、担当の人がいったのは心のアドバイスだった。

日常から離れてリラックスするといいんじゃないでしょうか?

マッサージでは到底取り切れない、体の硬さがあることを嘆きそうになった。
けれど、同時にそれだけ自分は常に、体を硬くして生きているんだなぁと思った。

ブログの師匠である、立花岳志さん(普段はたちさんと呼んでいる)が、最近「人間は気体である」とnoteの有料マガジンに書いていた。
ゆえに波長の高い場所や人に会うと、共鳴、共振することができると。

私の体は今、到底気体ではないだろう。
共鳴も、共振もするものか!と鎧を着ている。
投げつけられる矢を刺さらないようにして、自分の柔らかい部分をガードしている。

私も時期が来たら、鎧を抜いて、気体になったほうがいいのかもしれない。

そんなことをマッサージをしてくれた方を通して、またアドバイスされた気がした。

気体になれるように、生きていこう。

私は探さねばならない、自分の守り方を

7連勤6日目の夜に。

この6日で58時間働いた。
平均10時間弱だから、時間数だけ見たら大したことは無いかもしれない。
でも、私がこの6日でとった休憩は3時間だ。
1日30分。
12時間拘束の日も30分。
毎日脚を引きずるようにして仕事に向かう。

そしてやりたくない仕事を永遠と続けている。
最もやりたくない部類の仕事で6時間外にたっていた時は、私は今とてつもなく人生で無駄なことをしてるんじゃないか、と思えた。

今すぐ逃げ出せないか、、と頭の中で毎日考えているのに、ぐるぐると思考は同じ場所を回る。
そしてまた朝が来て、もう動きたくないという体を起こして、仕事場で無理やりスイッチをいれて、笑う。

これ、昔と何が違うのかなぁ。
昔どころか、今がワーストかも。

昔もっとも疲れていた時、永遠と麻雀番組をみつづけていた。私は麻雀がわからないので、とにかくジャラジャラいう音と、周りの適度に静かな音声が心地よかった。
わかろうとか微塵も考えてないので、脳内は映像を見る処理だけをして右から左へと忘れていった。

今はスタートレックビヨンドを見ている。
絶望の中に希望を探せとスポックがいうから。
毎晩毎晩みてるので、もう頭に入った気がする。

あと1ヶ月半近く働けるかというと、精神的苦痛が大きくて、難しい気がする。
出勤が憂鬱だ。
価値観の違う世界にずっといるのはしんどい。
私は人に何かを無理やりでも進めるスタンスはやりたくない。
私がやってほしくないから。
だがそれを最重要の価値と認める世界だし、サービスより売上的なやり方を求められる場所においては、もしも今の私の強みがお客様を作れる接客だとしたら、生かされてないと思うし、常にサービスできてないことにストレスを感じる。

何よりも怖いのは、たぶん7連勤やれるってことだ。
辛くてしんどくても、7連勤乗り切ると思う。

それをやりきる自分が怖い。
私は私をまた大切にできなかった、ということだから。

ワガママといわれようと、なんと言われようとも、私は私を大切にしたい。
疲れて脳内を動かさずに済ませようとし始めてるなんておかしい。

私は探さねばならない。
自分の守り方を。

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私は、笑って死ぬと決めた

最近、目が覚めては起き上がらなくては行けないことに絶望している。

いや、最近って書いたけど、結構ずっと思ってると思う。
起きる時間がきて、体を引きはがすようにして仕事に向かう。
社会人になってから、この感覚は続いている。
この数日は7連勤のど真ん中で、ゴールが遠すぎて心もへし折れ気味だ。

こんなに辛いことを耐える日々を10年近くよしとしてきた。嫌いじゃないことや、できなくもない、ということに人生を費やしてきたわけだから、自分ってドMなんじゃないかと疑ってしまう。

で、今日、、ほんとに久しぶりに苦手な街で働いた。私の心身を痛めつけた同じ駅にいることが、魂レベルで苦痛。お腹の底が冷たくなって言って、どんどん手足に広がっていった。

そして私の最も苦手なポジションを短い時間ではあるがやらなくてはいけなくて。
これは人生の何度目の試練か、遠い目をしてしまった。
1分が延々進まなくて、時計を何回もみたけど、3分もすすまなくて泣きそうになった。
別の店でやると、いつも東京タワーがみえて、なんか頑張れたけど、今日は狭く切り取られた空しかなくて、箱庭に閉じ込められた気がした。

そんな今日の帰り道、駅前のヤマザクラが風にふわーって待って、散ってた。

それを見ながら、突然思った。
「もし、今日で死んだら、、私後悔する。24時間のうち自分の時間はいったい何時間あるんだ?週では?月では?」

もう少し先の横断歩道で、車に轢かれて死んだとしたら。
怨霊になれるレベルで、後悔するだろう。

私は辛いことを義務だと言い聞かせて、生きる人生ばかり送ってきた。
それが大人だと思っていた。
お金を稼ぐのは辛いことを我慢して、自分の時間=人生を切り売りするだけだと。

そうじゃない、と気づいたのに。
そうじゃないことを信じて、そんな生き方やめると決めたのに!!

わずか5分ぐらいの時間で、走馬灯のように後悔するだろう、出来事が流れていって、ほんとに悲しかった。

私は死ぬ時に「もうちよっとできたなー、けど楽しかったからいいや。」って思って死にたい。

ONE PIECEのルフィみたいに、俺が決めた道で死ぬならそれでいい、とニヒヒッと笑いたい。

もう魂の喜ばない仕事はしない。
自分の感覚や心や魂を、頭で説得したりねじふせたりしない。

笑う、そう、私は笑って死ぬと決めた
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経験が軸になり、わたしの中で言葉になり、それを世界にむけて紡ぐ

経験して気づくことがある。

例えば、夜締めにいくだけだからまぁ、21連続で店いくけどやれるだろ、、って思ってたけど、7連勤ぐらいでマジで病むとか。
いや、6連勤までですね、、ギリギリいけるの。
それ以降は全てが憎いって思うのを超えて、私はこんなところで、、何をしてるのかしら、なんて人生において無駄な時間を過ごしてるのかしら、という境地になる。

借りたものをきれいに返すのは当たり前だと思っていたけれど、レンタルDVDを毎回子供に遊ばせてるのか、盤面傷だらけで再生不可になる人がいて、レンタル前と後できっちりチェックしてから、やんわりと指摘したらキレられたり。

逆にたくさんの人が手に取るものだから、状態が悪いこともあるよね、と思って利用していたけれど、人によっては「俺のこのDVD見れなかった時間はどう保障してくれんだ、てめぇ、殺すぞ!」みたいに怒る人もいる。

セクハラのニュースが世を騒がせてた頃、私の周りにはそれほどそういうことを言う人はいなくて、そんないるもんかなーって思って、居酒屋で働きだしたら、まさかの毎日レベルで下ネタいわれたり、手を握られたり、あげく、お姉さんいくら?とまでいわれる。酔っ払いがやることだから、笑ってあげてね的な雰囲気が当たり前にあることに死ぬほど驚き、これまでの自分の生活圏って幸福だったのだと思った。
周りにステキなジェントルマンのお友達がいなかったら、男性全てに殺意がわくレベルだったよ、いくら?って聞かれたの。

お客様には快適な環境で過ごしてもらうことを大切にして、そのためにサービスを徹底することをよしとしているので、そういうお店が好きで、お客様ファーストにできない環境は、どうしても違和感や、雑に接客してる感じになってしまって慣れないなとか。自分が行くお店もやっぱり、丁寧に接客されるかを気にして言っているなーとか。

自分に誠実である以上、相手に対しても誠実にできないようなことは、私にはできないなーとか。

いろいろ経験したことを書いてみたけど、こういう経験が価値観の指針になるのかなーと思う。もちろん事前に気づけたら、どんなにいいかしら、、と思うけど、やってみて傷ついてわかることもある気がする。

これを昔は失敗ととらえて、あの時こうしていれば、とか、あの人が教えてくれないから!とかもうそりゃぁ、人生を呪ったものだけど、今はただ、そういう経験が私の軸をより強固にして、世界をしっかり作り上げ、自分で自分を信じられるようになるのだと、思える。

ただ、当時の自分にこのアドバイスしても「今がしんどいねん!」ってキレられると思うんだけどね。特にセクハラ。そんなもん今後一生関わりたくない。

経験が軸を作り上げ、
わたしの中で言葉になり、
それを世界に向けて紡ぐ。

ブログやネットを通じて発信する人にとっては、大切なことなんだよな、と私は思う。

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宇宙戦艦の発進シーンが好きなことについての考察

最近スタートレックを見ている。
深夜勤務があって外が明るくなっても眠れない時にたまたま「新スタートレック」をやっているのをみた。
あまりにエッジが聞いていてびっくりしてしまった。
昔の作品は見たことがなかったが、JJエイブラムスがリブートしたほうは全部見ていた。
それもまた見たくなったら、Amazonプライムで見れたので昨日、今日とずっと見ている。

私は空中戦が好きだ。
例えば、スターウォーズでデススターを一機で撃ち落とすハラハラ感。
宇宙戦艦ヤマトで、ブラックタイガー隊が船から飛び出して行って変体を組むシーンとか。
狭い警告をすれすれに飛んで相手をかわしていく、空中チェイスもたまらない。

でも、それにもまして大好きなものが、戦艦の発進シーンだ。
しかもある条件を満たしているのがポイント。
ドックから普通に発進するのはダメなのだ。

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