小さいころ、両親はいない設定で物語を書いていた

こんばんは。真夜中のブロガー、蒼です。

小さいころは夢がたくさんありました。
真面目にアルセーヌ・ルパンにあこがれて、義賊というか怪盗になりたいと思っていたこともありました。

小学校高学年ぐらいからはずっと物語を書いていました。
オリジナルもあったし、自分の好きなアニメや特撮の中に、自分が入り込めるような設定を作って書いてみたり。
先日実家からそういうものを「捨てるか、持って帰るか」という決断を迫られ、手元に持ってきました。

読むと顔から火が出そうなぐらい、恥ずかしいのですが、不思議と共通点があって。

それはすべてにおいて、主人公は「両親がいない」ということ。
もともといない、とか、早くに死んだとか。
全部が全部そういう設定。

年の離れた兄弟が親代わりとかかっこいいと思っていたから、そういうつもりで当時は書いていたのかもしれませんが、
今改めてすべてがその設定だということに、子供の頃の自分の心が眠っている気がします。

「両親はいない、孤独だけれどその境遇に打ちのめされない強さがある。
誰よりも強く、孤高。そして自由。」

主人公はそういう設定ばかり。
当時こうありたかったという、理想の自分がそこにあります。

自由でいるには孤独で強くないとダメだと思っていたんだなぁ~と思います。
そして、親がいたら自由じゃないと10歳の時から表現していたのかもしれない。

親の価値観と世間の価値観がずれていて、友達の輪に入っていくことがずっと難しかった。
みんなが知っているお笑い芸人のことも全然知らなかった。
流行りの歌も、マンガも知らなかったし、ドラマも見せてもらえなかった。
ゲームも禁止で、友達の家でゲームをするとコントローラの操作ができなくて、隅っこで黙ってみていた。

知らなくても傷ついては行けなくて、傷ついていることも見せてはいけなくて、興味がないという顔をしなくちゃいけなかった。
友達と遊ぶにしても、夏でも冬でも門限は5時。
夏の明るい時間に家に帰らないといけないのはつらかった。
みんなはまだまだ遊んでいるのに。

そういう「辛い」を乗り切るには「孤独で強い」という空想の中の自分がいることが必要だったのだと思う。

もしも今、私が小説を書くとしたら、主人公はどんな人物だろうか。
やはり、「誰よりも強く、そして孤独」なんだろうか。

私の怒りが、私を無関心にしたこと

こんばんは。真夜中のブロガー、蒼です。

5日ほどブログをお休みしました。
ちょっといろいろあって、ブログに書くかどうか迷っていました。
アウトプットするほど思ったことがまとまらないということもあったし。

でも今日は久しぶりに書いてみようとおもいました。

私の中にある「怒り」のこと。
常に私の心の中に渦巻いているマグマのようなものがありました。
そしてその「怒り」が押し寄せた結果、私は変わりました。

今、私の怒りはブリザードのよう。心を凍らせていきます。

子供の頃から常に何かに「怒り」を抱いている

私は「顔に表情がでやすい」とよく母親にいわれてきました。
特に喜怒哀楽の「怒」の感情はもろに表情にでていました。
怒りとか、不満とか、そういう感情を顔に出さないように、なるべく気を付けていました。

でも、私の中には常に怒りがありました。
自分に直接関係ないことにすら、何かしら怒りをもっていました。

親に課せられた門限で、友達と自由に外で遊べない事とか、
クラスで誰かがやったことについて、クラス会が開かれて関係ない時間に巻き込まれるとか、
私はやりたくもない合唱コンクールの練習に全部でたけど、サボりにサボった人たちが本番で賞がとれなくてがっかりしてる姿とか
スカートがひざ丈だとか、
髪を染めようがやることやってれば問題ないと思うのに、髪を染めることを禁止されるとか、
政治家の汚職とか、
消費税が上がるとか、
フィギュアスケートの汚職で、私の大好きなアイスダンスのペアが一切表舞台に出なくなったこととか、
金メダルじゃないことをがっかりする日本の風潮とか

とにかく常に怒りがありました。

当時はそれを「反骨精神」とか「正義感」みたいにとらえていて、それが自分の「パワー」になると思っていました。

それこそが、自分の活動の源と信じて疑わなかったです。

ブログもどっちかっていうと、怒りを「正義」にして発散する場所として存在させていただきがします。
特に好きだからこそ怒る時、自分の中に結構大きなパワーがありました。

ある時「怒り」を通り越し、無関心になった

で、「怒り」を正義にした結果痛い目をみました。
大好きだった特撮について、当時どうしても許せないことがあり、論じまくった結果、お友達を失いました。
これはかなりの痛手でした。
「正義は我にあり」ぐらいのつもりで怒っていたわけで、それに対して「そんなあなたとはマイミクでいたくない」と長文のメッセージがきたり、「ファンじゃない」とコメントがきたりしました。

痛手を受けたあと数年も、特撮を追いかけ続けていました。
しかし、何か一言感想を書いたりすると、批判的なコメントをもらったりしました。
ある時映像の中で季節とそぐわない花が映っていたことを指摘しただけで「そんなつまらないところばかりみてるから、楽しめないんだ」と言われたときに、何かが終わりました。

積極的に見なくなったし、見ても感想をネットに書くようなことはなくなりました。
感想を書かないようになったら、どんどん興味関心を失って、無関心になりました。

正直今は、ウルトラも戦隊も、ライダーも何もみていません。
新シリーズがはじまろうが放映情報をチェックもしないし、昔なら論じそうな設定がネットで流れても心が動きません。
遠い世界です。だから何が起きても構わない。

特撮に対しての興味が薄れてからは、「怒りがおきそうなもの」には怒るより前に無関心になるようになりました。
例えば、「相棒」も大好きで長くシーズンを見ていましたが、キャストが少しずつ変わるにつれ、興味を失いました。好きな世界が削り取られていく痛みよりも、好きでいないほうが楽だったのです。
ここ数年は一度も見ていないですし、今回の引っ越しをきっかけにほぼすべてのグッズを売り払いました。

さらに感情が揺れ動きそうなものに対して、距離をおくようになった

舞台や小説、ドラマなどにふれなくなりました。

自分の心が、感動しそうなものなどに対してシャットダウンするようになったからです。

たまに見ても、劇中が盛り上がれば盛り上がるほど、頭の中で声がするのです。

「はいはい、こんな感じですすむのね」
「へ~なるほど、こういう展開でひねるのね」
「どうせ、こういう風になるんじゃないの?」
「ほらね、想定内。」
「なるほどね~こういう映像で見せるわけですか。」

昔なら集中して、物語の中にどっぷりとはいりこんで、キャラクターとシンクロして号泣したりとか当たり前でした。
でも今は、感情がぶれないようにもう一人の私が淡々と批評なのか、防御してくる。

感動系とか、ヒューマン系統のもので泣けない自分に最初はショックを受けたものの、最近は慣れてしまいました。

もう何かに感情移入する力を失ったのだと、あきらめました。

それでもまだ、「怒り」だけが残っている

こんなに無関心で、感情が揺れ動かないような自分が出来上がったのに、私の中にはまだ「怒り」があります。
しかも結構激しいものが。
対他人に対してもあるし、対自分に対しもある。

でも、その怒りはもうマグマみたいに自分を燃やしません。
ブリザードのように冷たく私を凍らせていきます。

怒りが原動力で動くことはもうありません。
ブリザードで凍らせたら、打ち砕いて、更地にするだけ。
関心を無かったことにして、また生きています。

こうやって何層も何層も更地にして、関東ローム層ばりに積み重なった心はどうなるのだろう。
書いていて悲しくなるけれど、それが今の私なんじゃないかと思います。

結婚式でやりたくないことについて、考える夜

こんばんは。真夜中のブロガー、蒼です。

今日突然、結婚式についてふと思うことがあったので書いておこうかと思います。

私は、結婚したいですし、結婚式もしたいですし、披露宴もしたい。
好きな音楽を流して入場したい。
自分の人生を支えてきた音楽をこれでもか!!ともりこんで演出したい。
昔から何を流そうかと常に考えているし、そのために好きな音楽をいろいろ集めている。

で、そんな結婚式や披露宴でやりたくないことがある。

1、花嫁から両親への手紙

一番やりたくないのが「花嫁から両親への手紙」ってやつ。
これまで片手を超える数の結婚式に参加しているが、このシーンに立ち会うと常に心がざわざわする。
周りがもらい泣きしている中でも、一人だけ感情がどんっとOFFになったような感じになる。
拒否反応がすごい。

これだけは昔からやりたくない。
それは私の中で、感謝よりもマイナスな感情が大きいからだ。
書こうと思えばそれっぽいことは書けると思うけど、自分の結婚式で自分に嘘をついてまで手紙を読みたくない。

超大きなわだかまりが解消されたら、書けるかもしれないけど・・・正直今は可能性としては0だ。

2、ファーストバイト

で、次にやりたくないのが「ファーストバイト」ってやつ。
花嫁が花婿に、花婿が花嫁にケーキ食べさせる儀式。
「あなたをこれから一生食べさせていく」
「あなたにこれから一生美味しい料理を作って食べさせるわ」

みたいなやつらしいのですが。

冗談じゃないっ!!

私は料理が嫌いなんですよ。
一生美味しい料理とかなんだよ!
むしろ、私が食べさせてほしいわ!
自分のためにご飯を作るのすらめんどくさいのに、なんで一生ごはん作んないといけないの。

あと、なんで「食べさせてもらう=養ってもらう」って夫側にいわれないといけないの?
どんな封建制度だ。
私は自分でお金を稼ぐから、夫側もちゃんと稼いでほしい。
2人で稼いで、2人で幸せになれればいいじゃないか。

ゆえに、披露宴でばしばし写真をとれるイベントではありますが、全くやりたくありません。

それではファーストバイトです!っていって、自分たちで食べたいぶんだけ食べちゃうとかどうだろう。

3、神に誓う

教会での結婚式には憧れるけど、神の前で誓うというのも性に合わない。

私は「神」を信じてないわけでないが、「どこの神」を信仰しているわけではない。
カトリックの幼稚園に行き、日曜学校に6年間通ったにもかかわらず、子供の頃から「キリスト教でいうところの神」には懐疑的だった。
かといって、仏教でもないし、神道でもないし、イスラムでもないし、その他もろもろの宗教も信じていない。

ここで信仰とか宗教について語るつもりはないのだけれど。

・・・誓うとしたら・・宇宙か地球か・・・いっそモスラに誓いたい。

今日はとにかく今思っていることを吐き出すのだ!

こんばんは。真夜中のブロガー、蒼です。

今日はちょっと・・・文章の構成とか考えずに、書きなぐりたいと思います。

もう何で知ったのか思い出せないし、正しいのかもわからなくなっているのですが、
「相手には2割しか伝わらない」という言葉が脳みその片隅にあります。

なので、意図がうまく伝わらなかったり、逆に自分が理解できなかったりというときに、
よく自分を慰めるのに使います。
「2割しか伝わらないんだもの・・・仕方がない。」って。

最近、めっちゃそれで自分を慰めています。

誰も悪くないからで、仕方ないのです。
私も一生懸命だし、相手も一生懸命だし。
詳細はさけますが、とにかく仕方がない。
本当に誰も悪くない。

なのに。
日々じわじわと「仕方がない」と飲み込んでいるものが心を占拠している気がします。
じわりじわりとその「仕方がない」の水位が上昇してきていて、いつかは溺死しそう。

折り合いをつけないといけないんだろうなぁ・・・と思います。

仕方がないこと以外でじわじわと来るのが、「名前で呼ばれる」「下ネタをいわれる」ってことかな。
世の中、セクハラだのなんだのと叫ばれて久しい気がしますが、結構いわれるものだな~としみじみします。
しかも特にかわいくもなく、若くもない私にもいってくる。
言われて傷つくようなお年頃でもないし、過去の職場ではいわゆるエロ電とかガンガンかかってくるところだったから、面と向かって言われる内容なんて、もう全然大したことはありません。
でも、どんなに過激な電話よりも、目の前の人にいわれることがじわじわくる。
「ここならいっても許される」って思っているんだなぁ・・・って思うと・・・ちょっと人間が嫌いになります。
まぁ・・・でも過去に経験した言いがかりレベルのクレームの方が数百倍人間不信になるけどな。

それよりも「名前で呼ばれる」ってことのほうがじわじわと抵抗がある気がする。
「ゲド戦記」じゃないですが、真の名前を相手に与えるのは命を与えるのと一緒、みたいな。
そういう文化の場所と理性ではわかっているけれど、意外と心理的な抵抗があります。
なぜにお前に名前で呼ばれねばならぬ・・・ってぐっと奥歯を噛みしめてしまうことも。

自分の名前を(この蒼というハンドルネームも含めて)私はとても大切にしていると気づくいいきっかけにもなりましたけど。

仲良くなりたい人、お友達の人にはどんどん名前で読んでもらいたいし、めっちゃうれしいです!

伝わらない事の、話に戻りましょう。

ブログもメディアという側面からみれば、人に伝えるものです。
よく驚かれるのですが、私は別に誰かに読まれなくてもいいと思っています。
ブログはいわゆる「外部記憶装置」みたいなもの。
記しておきたいのです。

じゃあ、ノートでもよくね?
クローズドでもよくね?

とよくいわれるのですが、不思議と自分しか見ないノートとか、クローズドにワードに書くとかは続きません。

見られなくてもいいのものを、全世界が見ることができる場所に書く。

私はこの自分の大いなる矛盾を、いまだ解き明かせません。

私のお友達はステキな人ばかりだ。故に焦るのかもしれない

こんばんは。真夜中のブロガー、蒼です。
今日は謎の12時間勤務の日だったので、ブログは書かずにねむろうかなと思ってました。
でも何となく落ち着かないので、ちょっと今思っていることを書いてみようと思います。

私のお友達はステキな人ばかりだ!

金、土と私はたくさんのお友達に会う機会に恵まれました。
ブログをはじめなければ出会うことのなかったたくさんの人たち。
全国にいつの間にか知り合いが増えていき「お友達」と呼べることは去年の今頃では考えられなかっただろう。

本当にみなさんステキな人ばかり。というかステキな人しかいない!!
あう人あう人とお話をすると、元気になるし、パワーをもらう。
誰も、誰かを貶めるようなことは言わない。
最大の賛辞と尊敬をもっている人ばかり。

あうだけでうれしいし、話すだけであたたかい気持ちになれる。
Facebookでも活動状況がわかるからか、久しぶりに会っても本当に「毎日あってたみたいだね!」みたいな感じ。

私にとっては「忘年」じゃもったいない会だった。「記年」って感じ。

ステキな人の中にいる私はステキだろうか?

ステキな人たちの中でわ~~~!!って刺激を受けたあと、ふと日々に戻ると我に返る。
「あれ、私ってステキなのか?」
と。

胸を張れるようなステキな人生を歩んでいるのか?
歩み始めているのか?

誰かに「ステキだな」と思わせるような何かがあるだろうか?

ふとぽっかりとした穴が心にあくのだ。
自分の人生に真摯に向き合っているか?
自分の人生を豊かにしようとしているか?
誰かの力を借りないと、安全ゾーンから抜け出せていないのでは?

焦る、心が焦る。
これでいいのか?
身近に輝かんばかりに変わっていく方たちをみると、私も!と憧れて追いつきたい気持ちでいっぱいになる。
私だって変わってるはず、輝けるはず、ステキになれるはず!

焦る一方で、ふと思う。
でも、所詮私ってこういうもんなんじゃないか・・・みたいな。
何かを突き抜けてうまくやれたことない。
どんなにがんばっても、大体いつも2~3番手ぐらいが妥当。
内申点は体育と美術と家庭科がが足を引っ張って、4.3ぐらい。
最近だと不器用だし、A型だけど椅子とか机とかが微妙にまがっていたり、そろってなくても気にならない。
B型の店長に「マジでおおざっぱ!」とかいわれたので、なるべくきれいにしているつもりだけど、
「机とかこれから直すよね?」って毎回言われて、地味にへこんでいる。
もう、どこがまがっているかわからない。
わからないなりにやってるけど、たぶん毎回どこかがずれているらしい。
そして「どうしても気になるわ~」といわれる。
オーダーがでたからとりにいったけど、タッチの差で誰かが運んだことに気づかず、うろたえていると
「呼ばれたらくればいいから。」といわれて、そんなんわかってるわ!今たまたまじゃん!とか小さいことにいらだつ。

焦るとどうでもいいネガティブエピソードが飛び出してきて、もはや自分の悪いところ探しになってしまう。
「いかんいかん、これはきっと何かのビリーフってやつだと思うよ!」って理性がいう。
「そういうことじゃなくて、自分をよくしていくことを考えていこうよ」って。

理性がいうけれど、心なのか、お腹なのかどこかが反発する。
ある一定のところにくると
「まずは君が落ち着け。そんなに自分の人生はうまくいかない。」
って心と感情にストッパーがかかる。
「淡々といこう。普通にいこう」みたいな。
母親の繰り返し言っていた「平凡が一番」という呪いがまだかかっている。

それでも私はステキなお友達と一緒に輝ける自分になりたい。

正直これをやったから、これをかなえたから自分が輝けると思うことはないのです。
(やりたいことリストは100個以上書いたんだけど・・・今、それが本当にワクワクするのかわからなくなっている)

これこそが自分!みたいに思えるものを見つけたい。
昔は特撮だと思ってた。
でも、今はちょっと違うと思っている。

これこそが自分!を見つけて、ステキなお友達と一緒に輝ける自分になりたい。

朝は不機嫌、夜はご機嫌

こんばんは。真夜中のブロガー、蒼です。

今日は朝は不機嫌、夜はご機嫌な1日でした。
陰と陽、光と影。
1日の中でくっきり分かれた珍しい日でした。

朝は不機嫌:またかよ、大概にしろよ、このアパートの管理会社!

今日は部屋にエアコンをつける日。
メインの部屋にはついているのですが、ベッドルームにはありません。
エアコンの設置スペースはあるので、「つけるなら自腹で」と。
夏まで我慢しようかと思ったのですが、寒すぎて布団から出られずエアコンを購入しました。

で、エアコンの設置業者さんがきて作業をはじめて10分後。
「あの~外壁側のダクトのふたなんですが、外装のペンキがぬられて固まって全く動きません。」
と業者さんが。
「これ、壊さないとエアコンの管が設置できないと思います・・・管理会社さんか大家さんに確認してもらえないですか?」

なぬ~~~!!!

あわてて管理会社に電話すると、3回ほど保留にされた結果折り返しに。
「つけられるという前提で工事進めてください!」
と私は若干キレ気味。

この物件は引っ越して来てみたら
・ガスメータからガス漏れ
・ガス給湯器故障で2日間お風呂に入れない
・インターホン故障
・ドアののぞき穴壊れてる

とかとにかく、「え、管理会社の管理ってなにやってんの?家賃徴収してるだけ?」って思うぐらいのトラブル三昧。
今回壊されたら困る、とかいわれたら「つけていい部屋のはず!なんとかしろ!」と苦情を入れる気満々でした。

折り返しが来たと思ったら、謝罪も何もなく
「業者さんに変わってもらえますか?」
と。

変わった横で聞いてみると、まさかの業者さんにダクトの外し方がわからないのなら施工業者さんに聞いてみてくれ、とかいっている。
これには設置業者さんもあきれた様子で「そんなことはわかってますよ。」といっている。

で、その頃には部屋の外で工事をしてくれた人が部品ごと無理やり引っこ抜いて外してくれていた。
「住んでる方に渡しますから、受け取って退去される際に新品に変えてください。」

その後エアコンは無事に設置され業者さんが帰っていき、1時間後また管理会社から電話。
「設置終わった感じですか?」
「はい、そうですね。」
「これから部品取りに行こうと思うのですが、在宅されてますか?」
とこれまた謝罪もなく一方的な電話。
もうこのころには私もマジで頭にきていて、来たら一言文句をいってやろうと待ち構えていました。

で、いざ担当者がやってきたら、やはり謝罪はない。
「部品取りに来たんですけど・・・これって・・通常預からないけど・・なんでなのかなぁ。」
ってぼやくんです。
・・・・電話でお前何をきいてた、ってもう怒りを通り越して口がぽか~んとあいてしまいました。
「業者の方がお電話で、本来開くはずのふたの部分がペンキが上から塗られてあかなくなっていたといってましたよね?
新品をつけ変える必要があるのでは?」
そしたら、担当者が満面の笑みを浮かべて
「あ、そうか!!じゃあ、新しいのを用意してまた届けにきますね!」
とかいうから、もう脱力ですよ。

早く帰れ!!と思って切り上げてドアをさっさとしめました。

・・・誤解を恐れずはっきりと申し上げるなら「気遣いと思いやり0で、理解能力も0!」でしたね。

しばらくはこの人の顔を見たくない。

夜はご機嫌:褒められまくりでルンルン

夕方は楽しみにしていたイベントの2本立て。
詳しくはそれぞれ記事を書くつもりですが、とにかく今日が朝と同じ日だとは思えないぐらいご機嫌な1日に。

1つ目のイベント:英語セッション

1つ目のイベントは、前にお願いしていた英語のセッションの初回。
久しぶりに英語のリスニングとリーディングをしました。
私のための完全オーダーメードのプログラムで、これがまた楽しい。

わからなかったものが進んでいくと、わかるようになる。

「なんとなくこんな感じ?」から、「あぁ、こんなこといってるのか!」にわかるのが楽しい。
リスニングも、リーディングも。
英語をノリで聞いたり、読んだりしていたことにより、大学受験で大きく失敗して英語の勉強から遠ざかっていたのですが、
なんとなくをうめていく方法も楽しい提案をしてもらえたので、わくわく。

そして、なによりめっちゃ褒めてくれる!
「Very Good!」
っていわれてこんなにうれしかったのは、中学生の時ぐらいだろうなぁ。

2つ目のイベント:ホメホメクラブ

ブログ仲間のかずいちさんの初セミナー「ホメホメクラブ」に参加。
カードを引いて、お題にそったことを話して褒めあったりする楽しい会です。

今日初めてあった人を褒められるもんなのか?
なんか褒められても受け止められないのでは?なんて思っていたけれど、杞憂!

めっちゃ楽しくて2時間があっという間でした。
そして私は話した内容について、褒められたことがすごく自信になりました。
後はお互いに初対面なのに深い話までして、つながれたというか、仲良くなれた!というのもうれしかった!

以前からお会いしてみたかった方々とも、今日をきっかけにお友達になれたり。
別のワークショップで「この人めっちゃ怖い、絶対にお話しできない!」と思ってた方の話に笑い転げたり。
しかも最後に「もう怖くないです!」とか言ったな、言い放ったな。

無礼千万・・・やばい別の意味でお話しできない( ゚Д゚)

ホメホメクラブは来年から毎月1回やるそうです。
リピーターに絶対なる!

アイキャッチの写真は、ホメホメクラブの主催者のbonさんの手作り。
美味しくて、遠慮なく食べまくってしまいました!

1日をご機嫌に終えられたら、パワーがめちゃくちゃわく!

帰ってきたらなんかご機嫌だったので、片付いてないからって放置していた寝室に机を設置。
ブログを書く環境を作ってしまいました。
で、ノリノリで2本ブログ書いてる。
下の人に響かないように、仮に段ボールしいてますけどね、椅子の下。
その椅子の後ろなんて、しまいきれない思い出とかかかれた段ボールがありますけど(笑)
いいんす、そんなのはどうでも。
「設置するなら今日だわ!」って思ったから。

ご機嫌に1日を終えられるって大事ですね。
パワーがめちゃくちゃわきます。

思考を整理するノート術 12/15の頭の中

こんばんは。真夜中のブロガー、蒼です。
転職してからはじめてのノートタイムです。
お休みのリズムがまだ把握できていないのと、なれるまでに体力つかってしまってました。
無気力人間でしたね・・・何もできない日々を送っていました。
なのでお休みをしてしまいましたが・・・前も痛感しましたがノートタイムは本当に大事。
頭の中が2週間いろいろもやもやしてしまいましたもん。

今までの毎週金曜日がちょっと難しい気がするので、曜日に関しては柔軟にやっていこうと思っています。

さて、今日もいってみましょう。

今週の気になるワード

1、仕事でいい人してる 仕事のキャラがいい人

転職して今日で15日。
10年以上の社会人経験があろうとも、会社では新参者。
これまでもそういう経験をしてきたので、例えば19歳の子に物を教わるとか、注意されるとかには抵抗がないです。
別にため口でもいいぐらい。
「はい!」「わかりました!」「ありがとうございます!」「気を付けます!」って返事して仕事を覚える。
だって、教わらないと仕事とか、慣習とかわからないし、人となりもわからない。
だからなるべく、丁寧にコミュニケーションをとることを意識しています。
笑顔で、きびきびと動く。
わからなかったらすぐ質問する。
まちがっていたら、謝る。

それを「いい人」というなら、別にいいことだと思っています。
思っていますが、2で書くようなそんな自分のキャラにイラッとしてたりもします。

2、自分のキャラにいらっとする

仕事をしてると誰もが経験することだと思うのですが、
「あの人に習ったことをやったら、この人には注意された」みたいなこと。
そういうときに、どちらに対しても「わかりました!」っていっちゃうんですよね。
「でも、あの人にはそう習ったように思うのですが・・」とかいえないの。

その昔、誰に対しても丁寧に対応して、要望に100%応えようとしたことがありました。
どっちの顔もたてようとして、パンクしたとかね。

今は「組織の中にいるから、とりあえず権限が上の人の意見を優先」みたいな割り切りをします。
(ある程度ですが)

でも、なんとなくどっちも真剣に教えてくれていることだから、心がざわざわします。
これはあれですかね・・・ストレングスファインダーでいうところの・・・調和性なのか?

そういう性質なんだと思いますが、「慣れてない職場でのいい人キャラに変身する自分」って実は好きじゃないです。

3、なんかモヤる モヤの原因は何だ

深掘りすればよかったのに、するのを忘れてしまった。
実は今日はノートタイムのあと、2件楽しみにしていたイベントにでて楽しくなってしまって。
なんでモヤっていたか忘れた(苦笑)

きっとまたでてくるでしょう。

深掘りワード:「なじむ」

今日のノートで「なじむ」という言葉がめちゃくちゃ出てきたんです。

・なじんでいるのか、なじんでいないのか
・住んでる街になじみきれない
・なんかなじんでない
・自分がなじんでない

仕事に対しても、引っ越した街に対しても。
なんか違和感をまだ覚えている。

で、私にとって「なじむ」ってなんなのか、深掘ってみたのです。
そしたら、すごいこと思ってたんですよ。

「なじむ」=主導権が私にある

いやいやいやハードル高いでしょ!!
仕事に対していうなら、入社して15日で主導権が自分にあるとかありえないし。
逆に自分が入社して15日の社員に主導権持ってかれたら、めっちゃ腹立つわ!

街だって住んで1ヶ月経ってないし。

絶対に意味間違えてるわ!って、検索しました。
そしたら「人や物事、場所に慣れる、親しみを持つ」っていう意味でした、なじむは。

・・・辞書的な意味だったら私ちゃんと「なじんできている」と思います。

まとめ:自分が当たり前に使っている言葉を深掘ってみると発見がある

なじむ、っていう言葉をハードル高く使ってるなんて、このノートタイムがなかったらわかりませんでした。
「なんかなじんでないんだよなぁ・・・・」=「なんか主導権がないのよ、私」だなんて。

こういう実際の言葉の意味と、自分のニュアンスがずれていることがあるって、案外ほかにもあるかもしれません。
今後も頻出する単語があったら、深掘りしてみようかなと思っています!

「1個注意するなら、1個褒めをセットでフィードバック」が私の鉄則

こんばんは。真夜中のブロガー、蒼です。

転職をし、新しい職場で勤務をはじめています。
同じ飲食といえども、前職は喫茶店、今回は居酒屋というわけで文化とか動き方が違ったりします。
2店舗で研修をいっているので、オペレーションがごちゃごちゃになったり、失敗ももちろんしたり。

そんな中最近すごく思うことがあるのです。
フィードバックは受けるのですが、100%が注意系のフィードバックなのが辛い。

辛いなぁと思っていた時に、自分が過去にスタッフを指導していた時の鉄則を思い出しました。
「1個注意するなら、1個褒めをセットでフィードバック」
これって大切なことじゃないかなぁと思うので、ブログに書くことにしました。

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新しい仕事を初めて思っていることを書く

こんばんは。真夜中のブロガー、蒼です。
となかなかあいさつで書けなくなって久しい。

12/1から新しい職場で働いています。
1週間と少し経ち、今日久しぶりにPCからブログを書いています。
引っ越しをしてPCを常においておく場所がなくなったので、余計に家でPCをあけなくなってしまいました。
スペースづくりをしなくては・・。

今日はもろもろ思っていることを書いてみようと思います。

1、一気に詰め込まれる仕事

私は今、会社が運営している会社、2店舗で現場研修をしています。
働いている人がほぼ社員で、少数精鋭でいろんなポジションを全員ができることで運営しています。
なので、初日何するのかなぁ・・・って前職の研修をイメージしていった結果
「店のカギあけ、一人でホール、レジ締め」までいっきにやらされてびっくり。

前職の時もカルチャーショックを受けるぐらい詰め込まれた気がしますが、今回はその比ではない。

前職の経験も生きていて、接客に抵抗などはないのでなんとかやれてはいますが・・・。
2店舗で略語もメニューも違いますし、オペレーションも違います。
33歳を過ぎた脳みそは、たまにパンクしそうになります。

2、労働時間に対する考え方が違う

労働時間に対する考え方が、だいぶ変わりました。
休憩時間がまず短い。
休憩場所がないこともあるので、確かに労働時間に対しての普通に考える休憩時間を割り当てられても・・・
っていう感じもありますが、体が慣れるまでのこの1週間はかなりきつかったです。

ただ、労働時間を月トータルで考えてシフトが組まれているので、ショートシフトの時もある。
メリットデメリットをどう体に慣らしていくかな~っていうところかと思います。

シフト時間以上の残業はありません(私の場合、終電があるので余計にさらっと帰らしてもらってます)
そして、なんで帰るの?!みたいな視線もなく、他の人も時間がきたらさっと帰っていきます。

3、全員が嫌がらず話を聞いてくれる

前職に入社したときは、結構受け入れが冷たかったんですよね。
「教えるとかじゃなくて、覚えてくるものでしょ?」
って初日(研修儲けていなくて、ガチの初日)に言われたときはビビりました。
今は違いますが、当時はなんか「教わるとか甘えたこと言ってんじゃねぇよ、盗め!」みたいな感じでした。

でも、今の会社はあえば社長が「どう?なれた?どう思ってる?」と話を聞く時間をとってくれます。
そして仕事を教えてくれる店長も「なぜこういうオペレーションなのか」をよく教えてくれます。
注意されると「え、なんで、どうでもよくね?」って反射的に思ってムッとしたりします。
でも、ちゃんとその日じゅうに「さっきいったことはこういう理由でやってほしい。」と説明してくれます。
腑に落ちると次回にちゃんといきます。

他の社員さんもまかないを食べてるときも「大丈夫?」って忙しいのに声をかけてくれる。
質問をすると嫌がらず教えてくれる。

新入社員からするとめちゃくちゃありがたいです。

前職がいかに冷たかったか思い出してしまう(笑)

あとは1日を整えていきたい

休みの数はトータルでみるとちょこっとへって、大体相方と休みをがっつりあわせています。
そうすると、自分の振り返る時間だったりができない。
そういう時間も自分にとって大切なので、勤務の日にもうまく織り込んでいきたいです。
ただ、今のところは体が疲れていて「早く起きられない」「帰ったら何もしたくない」の連続。
ここはあせらずに行こうと思ってます。

パーフェクトじゃなくていい。
理想通りなんてそうそう簡単にできない。
それでいい、それでいいのよ。

なのでブログもスマホで更新してますが、FacebookやFacebookページにお知らせがだせていなかったりしてます。
それでもなるべく更新は続けているので、よかったらたまにのぞいてください。

アウトプットの時間が欲しい!

こんばんは。真夜中のブロガー、蒼です。

休憩は30分。このあと7時間は休憩なしです。
、、、、終電で家に帰ると脳みそがもう停止状態でなにもできません。
ブログはおろか、ゲームもしてない。

ご飯からお風呂までのあいだ、死んだような目で、海外ドラマを見る時間が唯一の楽しみです。タブレットお風呂持ち込んで。

日々インプットだけで生きてると、たまに発狂しそうになります。
私の存在がなくなりそうだ!みたいな。

アウトプットをいかに作り出すかですよね。
しかもそのアウトプットは、自分が出てないといけない。じゃなきゃ意味無い。

いろいろ、まだまだうまく回りません。

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