「魔法の質問体験会 第1回 お金と向き合う」 に参加し、「お金とは共感力」という思いが心の中から現れた

昨日はZoomで「魔法の質問体験会 第1回 お金と向き合う」に参加しました。
主催は私のメンタルコーチの雅子さん(矢作雅子さん)です。

お知らせをもらった時に即断即決で申し込みました。
手帳を開いてあいているのを確認した瞬間には申し込みました。
退職して何がよかったって、「全部の時間が私のもの」なんですよ。

「魔法の質問」はマツダミヒロさんという方が生み出したもの。
最近みかけた本屋さんでも本が積まれていて、気になっていました。

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夏が来てる、夏が来てる。

エアコンは寝室にしかついてない。
台所兼リビングにはついてない。
暑い、暑いと、扇風機をひっぱりだす。

夜はエアコンをつけるにしても、冷たい風で体が冷えるのは好きではない。

しかし入れないで寝ると、ぐっしょりと汗をかいて目が覚める。

ああ夏が来てる、夏が来てる。

台風も来てる。
夏だね、夏だね。

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自分を犠牲にしている人は、相手に犠牲を求める

昨日お茶を飲みながら、本を読んでいたら突然ふってきた言葉。

「自分を犠牲にしている人は、相手に犠牲を求める」

自分もやっていた。
自分もされていた。

そういうことを考えていた。

相手に犠牲を求めていた私

私は常に犠牲を強いられていると思っていた。
シフトを決めるにもアルバイトが出そろってから、自分の休みを決める。
まとめた休みを取りたくても「年中無休だから」「人がいないから」と思って鼻からあきらめた。
なので、世の中の増えていく休日日数を目にするたびに、自分の犠牲の上に成り立っているような気がした。
サービス業は犠牲の上に成り立っている仕事だ、と思っていた(というか・・・思っているかも、今も)

上がる時間であっても、お店が混んでいれば残らなければいけない。
スタッフにつらい思いをさせるぐらいなら、自分が長い時間働けばいい。
事務時間がとれなかったら、深夜に残業すればいい。
誰も締め作業できる人がいなけれあ、21日連続で店に行くしかない。

何も言わずに「わかりました。」「すみません。」といわなければいけない。
自分の考えを相手に出してiはいけない、という犠牲を払っていたところもあった。

別に誰かに強いられたわけではない。
今思うと、自分が選んでいたことなんだ。
その会社の中の常識という中で、さらに完璧でいることがプロだと思っていた私が自分に課していたこと。

同じだけ相手に犠牲を払ってもらいたいと思っていた。
だから、犠牲を払わない人間(というか払ってないように見える人間)を敵視していた。

上司が「土曜日休みたい」とかいうと、「お前マジで死ね」と普通に思って氷のような目でみていた。
混んでてもさっさと裏に引っ込んだり、到底無理そうなシフトを組む上司には果たし状を送り付けた。(マジで送った。)
本部から「こういう施策やってよ!」みたいなのがくると
「プレミアムフライデーだからって昼に変える部署が。1回現場に立ってみろ、こっちは年中無休だぞ。」
って呪って、さすがに果たし状は送らないけれど、やんわり「これ以上負担を押し付けられても(笑)」といってみたこともある。

犠牲を払っていない人は敵だから、ストレスがマックスレベルにたまった時は
「こっちは働いてるのに盆暮れ正月に外食に来てんじゃねぇよ」とか、入り口のドアが開くたびに怒りが募った。
子供が生まれました、とか、結婚しました、とかいうお知らせもめでたさよりも先に怒り。
友達なのに祝えない自分にさらに怒り、みたいな感じだった。

相手から犠牲を求められた私

「社会人として辛くて厳しい道を、私を捨てて歩け、それが義務だ。」
と繰り返し言われる会社で働いたことがある。
なんかの標語かと思うぐらいでてくるキーワードだった。

「なにいってんだろう。なんで私を捨てて歩かなくちゃいけないんだ?」って常に疑問だった。

私を貫くと、会社が壊れると本気で思っている会社だったように思う。
もちろん「今日やる気ないです~」とか「このポジションやりたくないです~」ではまとまらないと思う。
公のために、組織のために、自分を犠牲にしろ!といわれるのはよくわからなかった。

なんとなくだが「何かを犠牲にしてやりたいことをやっている、だからお前たちも犠牲を払え。」という思いがにじみ出ていた気がする。
そういう人たちが作り上げている会社だったように思う。

そこにいるあいだ、お金だけでは解決しない犠牲をたくさんしたと思う。
今しか得ることができなかった、出会いや、学び。
そういうことを当たり前にしている会社だった。

犠牲を払うと、人生を手放す

自分から払った犠牲もあるし、
相手から求められた犠牲もある。

犠牲を払って自分が得られたものって何だろう・・・と思う。

自分を犠牲にしている分、人に慕われた気はする。
人望は得られたかな。
私の場合は。

ただその会社の中での犠牲だから、その後のつきあいとかない。
その時だけの人間関係で、退社してから続いている人間関係は0に等しい。
しかも上の人に対して過剰に敵意を抱いていたので、出世的な道からは全く離れていた。
上の人に好かれないから、道が開けるはずもなかった、と今は思う。

でも、そのほかに何を得られたかというと、それほどない。
怒りが強すぎて、他の感情が全然わからなくなったり。
「何かを望んでも無駄。」と思っているから、そもそも何かをしたいとか思わなくなる。

人生を完全に手放してしまっていたと思う。

ということは、相手に対しても犠牲を求めるということは、相手に自分の人生を放棄させることになるということだろうか。
自分のことを考えなくさせるってことだから。
相手の将来に何の責任も持ってないのに、人生を放棄させる。

それって恐ろしいことじゃないだろうか。

今いる自分の場所は、「誰かに犠牲を強いている場所ですか?」「誰かに犠牲を求められている場所ですか?」
時々自分に問い直したい。

目標はネコのように誇り高く、自由に生きる。

ウォーキング日誌 1日目

過去最高の体重を記録した。
と昨日のブログでぶち上げた。

これが昨日のブログ▼

危機意識を持って、昨日はウォーキンググッズを買った。
そして、今日歩き始めた。

私の装備

服は大したものは用意してない。
私は服はUNIQLO以外で買えなない(買えないビリーフがあると思うが、またそれは別の機会に)
エアリズムでかつ、UVカットのパーカーやズボンを買った。
Tシャツは昔UNIQLOで買ったONE PIECEのTシャツが家にあるのを着用。(ゴーイングメリー号を見送る、涙無くしては語れないシーン)

だが靴だけはしっかりしたものを、スポーツ用品店で買った。
足が痛くてやるきないとかだとシャレにならない。

なので、店員さんに相談してこちらを購入▼

私のブログの師匠であるたちさんをTTPして、アシックスも考えたのだが、試し履きをした結果、ニューバランスに▼

あとランニングポーチを買ったんですが・・これはたった1日でiPhoneケースが厚かったせいか敗れました(遠い目)

今日の結果

昔住んでいた時(しかも無職だったころ)歩いた河原。
腕を振ろうとかあんまり考えず、とりあえず、足慣らし!ぐらいで歩きました。

うっかり過去に引きずられそうになったりもしました。
あぁ、あの時あのマンション見ながらとか、あの日の河原で不採用メールを受け取ったなとか。
そういう時は「いかん、このイメージは捨てといて!」と脳に声をかけて、歩きます。

せっかく歩くのでインカンテーションをしました。
「私はどんどん豊かになる」とひたすら唱えて歩きました。
こっちに集中していると、変なイメージもわきにくいです。
とにかく唱える。潜在意識にうえつける、私は豊かになるのだ!
今月はこちらもやっていこうと思います。

インカンテーションについては、お友達のCotakaさんの記事がわかりやすいです▼

今月の目標 「1日1回、ランニングシューズを履いて外に出る!」

いきなり台風が迫っているとか。
もちろん暴風雨だったらでないほうがいいけど、雨でやめちゃうとそのままずるずる辞めちゃう気がする。
なので、今月は「1日1回、ランニングシューズを履いて外に出る!」です。
買い物でもOK。

今日はいてみて、脚がまだちょっと靴になれてない感じがするので、ならしはまだまだ必要です。

自分のためにお金と時間を使う

久しぶりに来た駅。
最寄り駅からちょっとだけ電車に乗る。
住んでた頃はお気に入りで、休日いりびたっていた。

映画館があり、大きな本屋があり、カフェとフードコートがある。

4年振りに来たら、ちょっと変わっていた。
うわっ、昔働いてた某喫茶店が進出してる。
どこだ、運営している会社は。
あそこか?それともあそこか?と思わず当時の苦い気持ちがよぎったり。

今日はZOZOスーツと、体重計がもたらした現実と向き合うべく、ランニングシューズを購入。

苦手な店員さんとのやりとりを経て、購入。
そのままUNIQLOにいって、運動用のものを購入。

ご飯には痩せる気なさそうな、野菜たっぷり皿うどんを食べてしまったけれど。
カフェでお茶を飲みながら、本を読み、あれやこれやとノートにかく。

今日の私の時間とお金は、すべて私に使われている。

当たり前だけど、私が私のために使っているお金と時間である。

何だかとても尊い気がする。

これまでは時間が欠けてた。
こんなところに座ってる暇があるなら、あれしなきゃ、これしなきゃ!
ならまだしも、

そんな時間がなかった。

週に1度の休み。
相方が合わせてくれるから、2人で過ごせる大切な時間だったけど、やりたいことを入れる時間をやりくりするのが難しかった。
なにか予定を入れると、相方は少ししょんぼりする。
それに痛む心。

それの繰り返しだった。

やりたいことをやっても、
やりたいことをやれなくも、

心が満足しなかった。

すべての時間が自分の手の中にある。
叶えたい100の願いを書き出した時、

自分に主導権のある人生、
自分のスケジュールを握っている

と書いてあった。

握った分の自制心や、目標に向けての行動とか、課題はたくさんあるのだと思う。
でも今はただ嬉しく思う。

このぜいたくな時間に。

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過去最高の体重を計測した朝思うこと、いや、思うしかないこと

薄々は気づいていた。
でも気づかないようにしていた。

私、今、めっちゃ太ってるよね!!

ということに。

昨日、風呂上りに全身を鏡で見て痛感した。

「今までかろうじて残っていた、ウエストがどこにもないっ!!」

今日引っ越してきてから初めて体重計をひっぱりだした。
のってみた。

はい、過去最高。
いや、過去最重。

BMIがちょっと肥満から、確実に肥満!の域にすすんだ。

極め付けが相方の一言。
「最近俺やせてきてさ。●●kgぐらい。」

私と体重が近づいてきている!!
近づいてきてる!!

ひーーーーーーを通り越して、呆然( ゚Д゚)

太った原因を直視する辛いコーナー

仕事を休んでいた期間に、がつがつと太ってしまい、この半年の激務で痩せるかと思いきや・・。
不規則な生活リズムで、夜中に高カロリーのものを食べる、まかないも油多めのものが多かった。
そしてストレスをやたらと「甘いもの」で解消しようとしていた。
疲れがとれない、カフェインはとらないときめた結果、もう一個の中毒性の高いものに転がった。
ごめんなさい、行き帰りに甘いぺっどボトルの紅茶めっちゃ飲んでました!
しかも最後は仕事にも人生にもやる気が落ちてたので、カロリーメイトばっかり食べてた。

太りますよね、そりゃ太りますよね・・。
という結末。
それが私のこの体。

3年間で約10kg太った。
当時ですら、標準体重より10kg太っていた。
じゃあ今は20kg重いってこと!!

そうよね・・・階段上るのってつらいなぁと思ってました。
足の裏の筋膜も痛いなぁと思ってました。
ベットもきしむと思ってました。
Tシャツとか去年かったの、ぱつぱつだって気づいてました。

よしっ、何からやろうかと考えたことをさらすコーナー

とりあえず、何かはじめなくてはやせません。
やせたいなぁっていってても、やせない。

1、とりあえずお気に入りの河原をウォーキング

ランニングまでいけるとかっこいいけど・・・長距離走は昔から辛い。
あと父がランニングはじめて、すぐにひざを痛めていた(父も当時マックス太っていた)
・・・同じくマックス太った身としては・・・ウォーキングからはじめてみよう。
とりあえず、服を着て玄関出る、というスモールステップで!
あ・・・靴がないや・・・買いに行こう。

2、前に2週間毎日やっていた。体幹リセットをやってみる

2週間おきになってから、よく日にち感覚がわからなくなって、なし崩し的にやめてしまった。
えっと、今はやる場所がないんですけど・・・場所をつくるところからやろう・・。

3、暇だからつい食べる、をやめる

口寂しいと、前はカフェインたっぷりのブラックガム的なのをがつがつ食べていたんですが、それをやめまして。
したら・・・大好きなマーブルチョコが目に入ってしまい。(家に常備しててごめんなさい!)

するめか、ビーフジャーキーを買ってくるか・・。

自炊は苦手で、ぷつんと切れちゃうので・・あまり無理しないでやる予定です。

とりあえず、ゆるゆると1ヶ月に1kgずつ減らすのを目指します!

「自分」を仕事にする生き方byはあちゅう しゃんと背筋を伸ばして進んでいこう

発売された12月に買って読んでいたのだけれど、仕事を辞めてみて再読。
12月といえば、5月に辞めた仕事に入社したての頃。
当時は会社員としてしばらくやろうと思っていたので、この本の内容がぴんときてなかった。
いや、ぴんときていなかったというか、責められている気がした。

たぶんそれは、自分の心に嘘をついているっていう証拠だったのかもしれない。

今改めて、読んでみると、しゃんと背筋を伸ばして進んでいこうと思える本だ。
それが、「自分」を仕事にする生き方という本だ、

心に残った7章「誰だって不安とともに生きている」

私は基本的に不安と一緒に生きている。
まだ見えぬ未来であったり、白黒つかない結果をただ待っているときだったり。
そういう時は基本的に不安と絶望にがんじがらめにされる。

この章の中の、この言葉に励まされました。

「生きている限りは後退しない」
「人間は、生きているだけで、少しずつ進んでいます」

この章には、「会社員期間が長い人ほど、勤労精神が骨の髄までしみついている」という言葉もあります。
私は退職して今、8日目。
既に「部屋にいて大丈夫なのか?」と思ったりしている。
大好きな文章を書くこと=まずブログを書く、で仕事の一歩を進めているけれど、体を使っての仕事ではない。
22歳の時からこれまでの11年間、接客業で立ちっぱなしで、9時間、10時間と人と会話し、人を仕切り、をやってきた。
時間帯も早朝からだったり、逆に早朝まで働いたり。
そういうのが当たり前だった。

だから、時々そわそわする。
今、家で一人でPCで向き合っている、この時間もそわそわ、もやもやしている。
自分の時間を誰かのために切り売りして、お金をもらってない自分を「価値がない」と思ってしまう。
だって、お金稼げてないし。
毎日ただただ社会から離れたダメ人間になるんじゃないか・・とか。

1社目を転職してボロボロだった時、次の働き口が見つからなかったとき、もうこの1点で自分を追いつめてました。
本当は会社員やりたくないから働きたい会社も見つからないし、無理していったら面接でひどい言葉を浴びせられる。
そのたびに「私が社会で必要とされない人間だから。」とか思ってました。

今はそこまでは思わないけれど、「そわそわ」はします。

でも、はあちゅうさんがこの本で「生きている限り後退はしない」と書いてくれている。
毎日毎日書き続ける、このブログも少しずつ進歩しているのかもしれない。
書くことで見つかる何か、自分と時間をとって向き合うタイミング。

今日も私は少しずつ進歩している、いや、進歩するように努力し続けている。
それだけでいいのかもしれない。

戒めの言葉「会社を辞めることはゴールではない」で、しゃんとする

その次の章で、がつっとはあちゅうさんは戒めてくれる。
「会社を辞めることはゴールではない」と。
ここからが本番で、先人たち、天才たちと戦わなくちゃいけないのだと。

そこを考えると、私の周りは先人と天才たちがあふれている。
あの言葉のセンス。
あの文章の展開。
あのわかりやすい情報たっぷりのブログ。
写真のセンスの良さ!
あぁ、真似ができない。届かない。

でも、真似ができなくて、届かなかったら負けではないと思う。
今は勝つ方法はわからないけれど、そこだけはわかる。
勝つ方法がわからなくても、負けではない。

はあちゅうさんの紡ぐ言葉が好き

はあちゅうさんの紡ぐ言葉が好きだ。
noteを購入して読むのが楽しみ。
1000円でこんなに幅広い文章を読んでいいなんて、ぜいたくだなぁとおもう。

はあちゅうさんは強い言葉で、相手と戦うファイターのイメージが強かった。
その言葉にびくびくしたり、自分が傷ついたりもしたことがある。
そういう場合、私は離れてしまうことが多いんだけど、はあちゅうさんは違った。
魅力がある。
だから追いかけるのをやめられなかった。

noteを読むようになって、あぁ、紡ぐ言葉だなぁと思った。
散文的なこと、何気ない日常、そういう言葉の選び方がすてき。
難しい日本語ではなく、今の言葉を使っているのにやわらかい。

あとは決めたことをやり抜く「信念さん」として、同じ匂いを感じるのかもしれない。

これからもはあちゅうさんの言葉には、たくさん触れていきたい。

今回紹介したはあちゅうさんの本はこちら▼

焼肉本舗ぴゅあ品川店で美味しいお肉を食べました

昨日は、7月に予定されているBBQに参加できない人を囲んで肉を食べる会。
BBQに行く私も参加しちゃって、2度おいしい感じになってます。

お店の紹介や、お肉の紹介なんかは苦手でお店紹介とか避けてきたんですが、
とりあえず写真をアップしてしまう!という方式を学んだので、やってみようと思います。

国産牛なんて普段食べないので、本当になんてこんなにうまいんだ!と思いました。牛と豚のカルビは最高においしかったです。ホルモン好きとしては、ホルモンも美味しかった・・。

ただコースの順番が想像の斜め上過ぎておもしろかったですね。
最初のお肉と一緒にサラダ、スープ、ごはんまででてきちゃうし、
牛肉がでてから、野菜が出て、豚と鶏になって、締めがホルモン(笑)

空腹に一番おいしい牛からっていうことかもしれないけど、普通の焼肉を想像すると、え?ってなりました。
私はホルモン大好きなので締めでもウェルカムですが、苦手な人だと、ちょっと、およ・・ってなるかもしれません。

お店のサイトはこちら▼

道を聞かれる人、それは私。

前職は居酒屋をやっていた。
その中でキャッチも経験した。
ストレングスファインダーにおいて、コミュニケーションと社交性が低い私にとっては、かなり苦手な役割だった。

キャッチをやっていてよくあるのが、
「やたらに道を聞かれる」ということだった。

2つ隣は交番ですよ?というような場所でも聞かれる。
2-3時間経っていると、3回は聞かれるのだ。

近くの駅の場所を聞かれるのは普通だが
「虎ノ門に行くにはどの電車に乗れば?」
とか。
え、そんな電車網頭にないっすよ!ってあせる。

携帯ショップどこですか?
ラーメン屋ちかくにありますか?
PRONTOはあそこの1件だけですか?

とか。
知らん、そんなん住んでないし知らん!
って思いながらあわあわする。

外国人の方にも聞かれて、ホテルの場所の案内もしたことがある。
英語は話せないので、当然日本語とカタコトの英語と、GoogleMAPさんに頼ったこともある。

あまりに道を聞かれるので、スマホの携帯は禁止と言われたが、ポケットに忍ばせたぐらいだ。

実は昔からよくあることではある。
駅でおじいちゃんおばあちゃんに、乗り換えを尋ねられたりは当たり前。

1度相方とコンビニにいたら、コピー機の使い方を聞かれたことがあり、代わりにコピーをしてあげたこともある。

なんか滲み出てるんだろうか、話しかけても大丈夫そうなオーラみたいなの。

ちなみに私は人に全然質問できないタイプ。

不思議なもんだなー。

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