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こんばんは。真夜中のブロガー、蒼です。

今日はちょっと・・・文章の構成とか考えずに、書きなぐりたいと思います。

もう何で知ったのか思い出せないし、正しいのかもわからなくなっているのですが、
「相手には2割しか伝わらない」という言葉が脳みその片隅にあります。

なので、意図がうまく伝わらなかったり、逆に自分が理解できなかったりというときに、
よく自分を慰めるのに使います。
「2割しか伝わらないんだもの・・・仕方がない。」って。

最近、めっちゃそれで自分を慰めています。

誰も悪くないからで、仕方ないのです。
私も一生懸命だし、相手も一生懸命だし。
詳細はさけますが、とにかく仕方がない。
本当に誰も悪くない。

なのに。
日々じわじわと「仕方がない」と飲み込んでいるものが心を占拠している気がします。
じわりじわりとその「仕方がない」の水位が上昇してきていて、いつかは溺死しそう。

折り合いをつけないといけないんだろうなぁ・・・と思います。

仕方がないこと以外でじわじわと来るのが、「名前で呼ばれる」「下ネタをいわれる」ってことかな。
世の中、セクハラだのなんだのと叫ばれて久しい気がしますが、結構いわれるものだな~としみじみします。
しかも特にかわいくもなく、若くもない私にもいってくる。
言われて傷つくようなお年頃でもないし、過去の職場ではいわゆるエロ電とかガンガンかかってくるところだったから、面と向かって言われる内容なんて、もう全然大したことはありません。
でも、どんなに過激な電話よりも、目の前の人にいわれることがじわじわくる。
「ここならいっても許される」って思っているんだなぁ・・・って思うと・・・ちょっと人間が嫌いになります。
まぁ・・・でも過去に経験した言いがかりレベルのクレームの方が数百倍人間不信になるけどな。

それよりも「名前で呼ばれる」ってことのほうがじわじわと抵抗がある気がする。
「ゲド戦記」じゃないですが、真の名前を相手に与えるのは命を与えるのと一緒、みたいな。
そういう文化の場所と理性ではわかっているけれど、意外と心理的な抵抗があります。
なぜにお前に名前で呼ばれねばならぬ・・・ってぐっと奥歯を噛みしめてしまうことも。

自分の名前を(この蒼というハンドルネームも含めて)私はとても大切にしていると気づくいいきっかけにもなりましたけど。

仲良くなりたい人、お友達の人にはどんどん名前で読んでもらいたいし、めっちゃうれしいです!

伝わらない事の、話に戻りましょう。

ブログもメディアという側面からみれば、人に伝えるものです。
よく驚かれるのですが、私は別に誰かに読まれなくてもいいと思っています。
ブログはいわゆる「外部記憶装置」みたいなもの。
記しておきたいのです。

じゃあ、ノートでもよくね?
クローズドでもよくね?

とよくいわれるのですが、不思議と自分しか見ないノートとか、クローズドにワードに書くとかは続きません。

見られなくてもいいのものを、全世界が見ることができる場所に書く。

私はこの自分の大いなる矛盾を、いまだ解き明かせません。

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この記事を書いた人

蒼(あおい)

蒼(あおい)

【灯台ブロガー】
●接客業を11年半やって、2018年5月31日で会社員を卒業しました!
●かつての私のように人生って暗闇だよねって思っている人に、灯台のように、北極星のように、そっと道を照らしてあげられる文章を書いて生きていきたい。

twitter:@yazumi_aoi

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