なんで好きかといわれると言葉に窮する本がある。
それが「サラシナ」という本だ。
この本はたまたま、高校の図書室にあったので読んだ本だった。
児童文学である本が、なんで高校の図書室に入ったのかはしらない。
たまたま手に取って読んだらおもしろくて、忘れられない本になってしまった。
時々図書館でリクエストしては取り寄せて読んでいたのだが、去年の誕生日に思い切ってamazonのほしいものリストにのせたところ、
プレゼントしてもらった。
大人になって読み返してみても、好きな本であることに変わりがない。
だがどこをどうして好きか、というのをうまく言葉に出来ずにいる。
でも、とてつもなく好きなのだ。
読んでいて幸せになる。
「あの人に会いたい」系の本は本来苦手だ。
私は少女マンガであったり、恋愛がど真ん中にあるような小説は避けて通ってきた。
タイムスリップして向こうの世界で過ごして、恋とかしちゃう話も、嫌いだ。
あと歴史系の話もそれほど好きになったことがない。
となると、「サラシナ」は私が本来絶対に好きにならないタイプの本だ。
主人公のサキがタイムスリップして、恋愛もしちゃう話、ただ端的にいうとそういう本だからだ。
なのに、この本はそんな私のすべての「嫌い」を乗り越えて心に迫ってきた。
サラシナには自由と情熱がある。
あの人に会いたいという思いが全てを動かしていく力がある。
自由と情熱が、全てを動かしていく。
高校時代の私には持てなかったものだ。
自由な校風で、制服もなかった高校。
第一志望だったけれど、そこにはやりたいことがなかった。
部活も文芸同好会に入ったが、基本的に帰宅部だったので学校ですることがなかった。
本だけ読んで過ごしていた。
何かをやりたいと思って、できないとおもいこんでいたあの時。
「親がお金を出してくれている間は、親に従うのが私の義務である」が当時の呪文だった。
それをサラシナは不幸なことだと最初に教えてくれた話なのだと思う。
宮子様という、皇太后がでてくる。
彼女は帝の母親でありながら、長い間心を閉ざし、壁に向かって生きてきた人だ。
彼女は巨大な権威に引き裂かれて生きなくてはならなかった人だ。
そのために、心を病んでしまった人。
その人が、孫娘にいう言葉。
「こころに、封などしないでいいの。そこは、あなただけのものなのだから。」
当時は心に封をしすぎていたので、このセリフはすっと入ってこなかった。
読み返すまで、覚えてもいなかった。
でも、この本は私にずっと「自由に生きるのだ」と伝えてくれていたんじゃないだろうか。
心に封はしていたけれど、魂はどこかそれを感じ取っていたから、時々読み返したくなっていたんだじゃないだろうか。
だから「よくわかないんだけど、この本好きなんだよね。」って思うんじゃないか。
主人公のサキの、現実での言い知れぬ居心地の悪さも共感できた。
自分も現実で常に居心地が悪かった。
ここは私の居場所ではないが、ここにしか居続けられない、と常に思っていた。
サキは違う世界を旅することで、心が変わり世界が変わった。
私はこの本に出合ってから、長い時間を超えて最近、ようやく心が変わりつつある。
半年後にもう一度読み直してみたい。
また違う好きが見つかる気がする。