広告

長年持ち運んでいた重荷があった。
大きな段ボールに2つ。
引っ越しをするたびに、業者さんが「おもいッ!」って一声いうぐらいのずっしりとしたもの。

捨てるにしては、かけたお金が高すぎて捨てられなかった。
それを捨てたら、今まで大切にしてきたものを全部捨ててしまう気もして恐ろしかった。

ずっと捨てられなかった。

それが、デアゴスティーニの「仮面ライダー」と「ウルトラマン」でした。
「仮面ライダー」が全125号
「ウルトラマン」が全112号
バインダーが両方合わせて、22冊。

1冊500円と換算すると、約13万円。

それをぜんぶまとめて、ようやく捨てることになりました。

この写真はまだ全体の1/4である▼

特撮を「好きでいる」ためにお金を湯水のように使った

これを買っている頃は、奇しくも今回戻ってきた街に住んでいる時に買い始めた。
社会人生活が2年目の時だったろうか。
既に会社員生活に疲れていた。

当時、店長の無責任ぶりに疲れ果てていた。
休みの日に連絡は取れない、は当たり前。
大きなクレームがおきて「店長をだせ!」っていわれて途方に暮れたバイトの子から、電話が私にかかってきた。
まだ当時24歳。罵詈雑言をあびながら、話を治めることに全然慣れてなかった。

勤務中に「暇そうだから、隣の店に行ってくるね。」って仲良しの店長がいる店に遊びに行く。

同じ給料、いや私よりも多い給料をもらっているとか、マジで信じられない!!と思ってストレスでいっぱいだった。

ついでに受け持ちのジャンルも1年目よりも倍になっていて、やらないといけないことも多かった。

余談だが・・・この手の「店長が(あの人が)無責任でストレス!」っていう話はめちゃくちゃあって、自分が引き寄せていたとしか思えないぐらいだ。いや、ひきよせてたんだろう。

話を元に戻そう。

そんななか、私は小さいころからずっと好きだった特撮を「好きでいる」ことにのめりこんだ。
ファン活動でイベントをかけまわったし、でてくる書籍、CD、DVDを買いあさった。

その頃ちょうど仮面ライダーも、ウルトラシリーズも、変わっているところだった。
私の受け入れられない方角へどんどん変わっていた。

でも「好きでいる」ことにしかアイデンティティがなかった私は、発狂寸前。
「好きだ」という理由でどれほどの作品をたたいたか。
・・・ファンのお友達が減るぐらいだった。
ただのアンチよりも、よっぽどたちの悪い狂信的なファンだったと思う。

それでも好きでいることを自他に証明しておかなくてはいけない。
今思うとデアゴスティーニに手を出したのは、そういう理由だったと思う。

一度始めると「収集心」があるんで、とめられない。
ばらしてバインダーに綴じてたから、バインダーがたりなくてまた買う。

半分ぐらいでもう、どうでもよくなってて、ファイリングすらめんどくさいのに、買っていた。

そして2011年に遅れて始まったウルトラマンのシリーズが完結してからは、ずっと段ボールで封をしたまま。
一度も開けることはなかった。

バインダーは燃えるゴミらしく、ごみ袋にいれる▼

2018年、ようやく捨てることにした理由、それは「まぁ、もういいじゃない。」

埼玉から東京へ引っ越しをした際、自分の持っているものを精査した。
そこで「好きで集めていたものは絶対に手放さない。」というのをやめて、もう興味がないと思ったものは全部手放した。
その時にデアゴスティーニも手放すつもりだったのだが、なんやかんや理由をつけてやめてしまったのだ。

たぶんかけた金額に執着してしまったのだと思う。
13万円、なんとか少しでもお金にならないかしら・・・とか欲があったのだと思う。
だって、13万円だよ!
(あの時はお金を具体的に計算はしてなかったが、かけた金額の大きさはわかっていた・・・)

でも今回横浜に戻ってきて、収納スペース、部屋の数など、前よりもこじんまりとした。
段ボールが部屋につまれている。
快適とは程遠い部屋。

そして一番大きい理由はなんとなくだが「まぁ、もういいじゃない。」と自分にOKがだせたこと。
なんかもういいよね、って思った。
うまく思いを言葉に出来ないので恐縮だが、「まぁ、もういいじゃない。」なのだ。

無心で作業し、とどめは相方

昨日は箱を開封して、バインダーから外し、ひたすら縛った。
外しては縛る、外しては縛る。

19時から始めて、途中夕飯休憩をはさみ、24時まで。
途中読みふけったりもしたが、「この部分だけとっておこうか。」という思いもわかず、全部しばった。

全部終わったころ、相方が家にやってきた。
私はその時に、つみあがった雑誌をみながら
「雨に濡らすのは・・さすがに捨てるのでも嫌だなぁ~。忍びないなぁ・・」
とグチグチしていた。

相方は「じゃ、玄関まで運んでくれる?俺がゴミ捨て場にもってくから!」と容赦なし。
さっさと自分も玄関まで雑誌を運んで、どんどん捨てだした。
こうなると「やめて~~!」ともいえない。
最後にはゴミ捨て場にいって
「ありがとう、ありがとう、さようなら!!」
と告げて涙の別れとなった。

最終的に私の太ももの高さまで積みあがった雑誌▼

デアゴスティーニよ、ありがとう

デアゴスティーニには、感謝もしている。
買い続けた3年ぐらいの間に、私は心身追い詰められて、日々生きるのが精いっぱいになっていた。
その頃、ポストに届いているデアゴスティーニはファイリングという重荷でもあったけれど、
「今回こそ、好きなものが特集されてるかしら?」と思うあの瞬間は幸福だった、といえる。

あの頃は、私に確かに必要だったものだと思う。

でも、デアゴスティーニよ、私はもう、大丈夫だ。
君がいなくても、ちゃんとやっていける。
愛を君で確かめなくても、ちゃんとアイデンティティを保てる。

もう大丈夫なのだ、ありがとう。

このブログが気に入ったらいいね ! をお願いします。
更新情報をお知らせします。

Twitter で

広告

この記事を書いた人

蒼(あおい)

蒼(あおい)

【灯台ブロガー】
●接客業を11年半やって、2018年5月31日で会社員を卒業しました!
●かつての私のように人生って暗闇だよねって思っている人に、灯台のように、北極星のように、そっと道を照らしてあげられる文章を書いて生きていきたい。

twitter:@yazumi_aoi

広告