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昔、小さかった頃、元気だった祖父と一緒に買い物に行った。
歩いて10分もかからないスーパーへ。

家から数分行くと、田んぼばかり。
目新しくて田んぼに駆け寄っていく、やんちゃざかりの孫たちに
「こら、危ないそ!」「気を付けれ!」と声をかけながら、祖父は一番後ろをゆっくりと歩いていた。
祖父は出かけるのが嫌いなので、孫たちを連れて遠出をするのは祖母の担当だった。

でもそんな祖父と一度だけ、遠出をしたことがある。

お墓を見に行ったのだ。
祖父が建てたもので、まだ誰も入っていないお墓。
何で見に行くことになったのかわからない。
最初で最後の祖父との2人だけの大冒険だった。

あの頃の私はいくつぐらいだったろうか。
10歳かそこらだろうか。
2人でただ、お墓を見に行くために往復歩いた。
どこか知らない遠くの山までいったのだ、という思い出が深く刻まれている。
長い坂道をのぼっていると、電車が自分より下を走っていて、ワクワクした。

道中、祖父と何を話したのか覚えてない。
その日従兄弟たちがくることになっていて、「帰るころには来てるかなぁ?」ということを気にしていたことは覚えている。
きたら、この大冒険を自慢しよう!と思っていたんじゃないだろうか。

晩年、祖父は脚を悪くした。
家の中でもひざがいたくて、脚を数センチずつしか前に出せなかった。
私は見ることはなかったが、最後のころは立ち上がるのも痛くて、はいはいのようにしか移動できなかったそうだ。

そんな祖父は、数年前に亡くなった。
私はシフトの都合でお通夜に行くことができず、告別式と納骨にあわせて始発の新幹線に飛び乗った。
告別式の会場であったカトリック教会にたどり着いたとき、ちょうど火葬場から親族が移動してきたところだった。
当日知ったのだが、教会の方式で告別式の前に火葬という段取りになっていたのだった。

だから、私は祖父の亡骸をこの目でみていない。
今でもこのことはすごく後悔している。
取り戻せるならば、あの日「店のことなんか知るか!」と押し切ればよかった、と。
時間を戻せるなら戻したい、と思う。

祖父はきっと「なんだ、そんなこと気にするな。しっかり働け。」といったと思う。
そういう人だから。
「俺のことは気にしなくていいんだ。」と。

告別式が終わり、教会からバスでお墓に向かった。
あの日の坂道の下を、今は新幹線が走っていた。
長かったと思った坂も、けっこう傾斜もなだらかでバスであっという間だった。
祖父のお骨をお墓にということよりも、「あ、おじいちゃんとあの日歩いてここまできたんだな。」という思い出があった。

祖父が亡くなってから、一度だけ母とお墓参りに行った。
駅からタクシーに乗っていったのだけれど、夏休みに祖父と歩いてここまできたね、という話になった。

これから何回お墓参りに行くのかはわからない。
でも、きっと行くたびに「ある夏休み、祖父と2人で大冒険した!」という思い出がよみがえるだろう。

これは最期に祖父に会えなかった私への、祖父からの最期のプレゼントだと思っている。

あとがき

これは新しい試みだ。
写真や画像を見てわいてきたインスピレーションを、言葉にする、という課題。
今回はエッセイだけれど、フィクションになるかもしれないし、詩になるかもしれない。
自分の表現の幅を広げていきたいと思っている

今回使わせていただいたのは、空気感フォトグラファーの花村貴史さん(なむさん)の写真。
noteの継続課金マガジン、「空気感フォト」の中の作品の一つだ。

アイキャッチに使っている写真を見た時に「あ、田んぼだ。」って思った。(本当に田んぼかはわからない、葦がしげった川辺かも)
田んぼだ、って思った瞬間にカエルの声が耳元でなり始めて、そして祖父母の家があった秋田を思い出した。
今は埋め立てられて、全部住宅地になっているけれど、子供の時は田んぼでいっぱいだった。
田んぼに興味津々で近づくと、いつも祖父に怒られたっけ、って思った。
そして、あぁ、祖父との思い出といえば、と手が動き始めた。

書きながら、涙がこみあげてきて、途中で泣いた。
(と書きながらも、今涙がとまらなくて、泣きながら書いている)
祖父の亡骸をこの目でみることなく、触れることなくわかれたことが今でも心残りだ。

過去のブログで、当日の心境が書かれたものがあった。

祖父が倒れたと知らされた日のブログ▼

祖父のお葬式の日のブログ▼

倒れた日のお葬式当日に、「火葬が朝一」と知らされているのに、すごく気丈な記事だ。
ショックだったと思うのに、冷静にふるまったことを思い出した。
過去のブログを読み返したのも、実は初めてだ。

ところで、大冒険だったあの道のりをGoogle Mapで見てみた。
2.7km。
同じ道ではないとは思うけれど、大人の私からみたら案外近い距離だ。
祖父は子供の私をつれて、ゆっくりゆっくりと歩いたんだろうなぁ、と思う。

なむさんの「空気感フォト」のこの1枚から、こんなにも世界が広がったこと、
この写真に出会うことで、私が癒されました。
「空気感フォト」をはじめてくださって、心から感謝です。

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この記事を書いた人

蒼(あおい)

蒼(あおい)

【灯台ブロガー】
●接客業を11年半やって、2018年5月31日で会社員を卒業しました!
●かつての私のように人生って暗闇だよねって思っている人に、灯台のように、北極星のように、そっと道を照らしてあげられる文章を書いて生きていきたい。

twitter:@yazumi_aoi

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