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今日は大塚あやこさんが、主催する「ビリーフリセット初級講座」に参加しました。
講座の内容はすばらしく、ワークで気づくことがたくさんありました。
アシスタントの方がグループに入ってくださって、広げてくださったことも大きな気づきがありました。

今日講座に参加したことで、なによりもすっかり忘れていた記憶がでてきたことが驚きでした。
その記憶は3歳の記憶でした。

私は「私はちゃんとしていないと愛されない」という思いがあります。
それは4歳以降、弟が生まれてから培われたものだと信じていました。

でも、実は3歳の頃かもしれない、ということを思い出しました。
すっかり忘れていた事にも驚きましたが、実はその辺りの細かい記憶や感情が全く思い出せません。
そのことに一番呆然としました。

弟が生まれる直前、私はいろんな家に預けられていた

弟を妊娠中、母は切迫流産になりました。
それがどの時期で、どれぐらいの期間だったのかは全く覚えていません。
切迫流産は、自宅で安静にしていなくてはいけないそうですね。

でも当時、私は3歳。
幼稚園の送り迎え、お風呂の面倒、ご飯を食べさせて、とやることが目白押し。
近くに面倒を見てくれる親戚や両親もいない。
何しろ30年前ですから、父親が長期の育児休暇なんてとれる時代ではありませんでした。

最初は幼稚園が終わったら、近所で同じ幼稚園に通っていたうちに預けられました。
父親が仕事を終えて迎えに来て、家に帰る、ということをしていました。

でも、結局限界だったのでしょうね。
定時で帰って娘を迎えに来る、というのでは仕事と両立できなかったのか、
私がいるだけで母親への負担が大きかったのか。
どちらかはわかりません。

次は家から離れて預けられることになりました。
母方の妹の家と、父と母の共通の知り合いの人の家。
同じ年の従兄弟や、友人がいましたから、少しでも寂しくないように、ということだったのでは、と思います。

預けられていた時の記憶や感情が全くない、ということに気づいた

この記憶がでててきたきっかけは、たまたまビリーフに関する雑談で「小さいころ親戚に預けられていた」ということを聞いたからでした。
おや、そういえばそういうことが自分にもあったなぁ、と。

その時に、当時の記憶を思い出そうとして見たのですが、断片的にしか思い出せません。
しかも、古い映写機のフィルムを見ているかのように、記憶が遠いのです。

そして何よりも、その記憶に感情がありません。
思い出した記憶は2つ。

・シルバニアファミリーの木の家のおもちゃがあって、それでいつまでも遊んでいたかった

・玄関先で私を追いて去っていく父親を見送ったこと

私を預かった叔母からは、「お父さんが迎えに来たときに、黙ってぎゅーってだきついて、こっちも見てて泣いたわ。」とか聞かされたことがありますが、その辺の記憶は全く再生されませんでした。

寂しかったのか、悲しかったのか。

きっと感情は子供ながらにあったはずなのに、全く思い出せません。

不思議なのは、家に戻ったこと記憶もないのです。
父が迎えに来て、母の待つ家に帰ったはずなのですが、その時の記憶もありません。

もちろん3歳の頃ですから、覚えていなくても当たり前です。
でも、たぶん幸せの記憶だと思うだけに不思議です。

そのまま弟が生まれる前後の記憶から、子供時代の終わりの記憶までをたどってみた

せっかくなので、弟が生まれるまでの記憶をたどってみました。
何個か断片的にでてきました。

・出産間近の母と飛行機で秋田の実家に帰省。雪がひどく、秋田の飛行場に着陸できない場合は別の空港に行くというアナウンスがあった。
母が「最悪は岩手の父の実家にとめてもらうしかない。」といって不安がっていたが、無事について、祖母とあったこと
→なんとなく「いいこでいなくては」「しっかりしなくては!」という思いがあったように思います。

・夜中に目が覚めたら、隣が母ではなく祖父になっていた。(陣痛が始まり、深夜に祖母と母は病院に行った)
→玄関まで探しに行って、なだめられた記憶があります。祖父がなだめるのに苦労した、と言っていた気がする・・・

・弟に会いに行ったら保育器に入っていて、父と一緒に箱の中の弟をみた。母が泣いていた。
→父も母も赤ちゃんを心配しているんだな、と思った。

とにかく楽しい思い出がありません。
(他に幼稚園で覚えていることと言ったら、同じクラスの子とけんかになったら、目の下を歯形が付くまでかまれた、とかかな)

そして最後におそらく4歳の頃、私の子供時代を終わらせる決定的な記憶が次にやってきます。

なにかのことで母親に怒られ「おばあちゃんに預けてる間も、わがままでどんな育て方をしているんだ!といわれた。」といわれたこと。
強烈な記憶として残り、そしてそれが私の「私は愛されていない」の原点です。

でも、もしかしたら、「ちゃんとしていないと愛されない」の原点は、3歳の時からあったのかもしれません。
親の期待に応えていい子でいる(本当に大人から見ていい子だったかどうかはさておき)ということを誓った私。

3歳で無邪気に、自由に、を律して生きようとしたんだとしたら、私、どれだけ子供時代が短いんでしょうか。

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この記事を書いた人

蒼(あおい)

蒼(あおい)

【灯台ブロガー】
●接客業を11年半やって、2018年5月31日で会社員を卒業しました!
●かつての私のように人生って暗闇だよねって思っている人に、灯台のように、北極星のように、そっと道を照らしてあげられる文章を書いて生きていきたい。

twitter:@yazumi_aoi

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