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『ジュラシック・ワールド/炎の王国』を見に行ってきました。
『ジュラシック・パーク』から数えて5作目。
前回がかなり楽しめたので、今回も期待していってきました!!

しかしながら期待値が高すぎたのかな・・・。
ちょっと物足りないような気がしてしまいました。
問題提起がやっぱり重いからだろうな。
人間の手によって生み出された恐竜たちの命は誰のものか?

恐竜の動きや鳴き声、リアリティや迫力はどんどん増しているけれど、ストーリーがちょっと小さい気がsるんですよね・・。

日本語のサブタイトルは「炎の王国」ですが、原題は「Fallen Kingdom」です。
普通に「失われた王国」になぜしなかった・・。

公式ホームページはこちらから、どうぞ▼

※このブログはネタバレありで感想を書いています!まだ見ていない方は、見てからご覧になることをおすすめします!

本編の感想

本編の内容についての感想を書きました。
ちょっと辛口。

どうして2作目ポジションは、恐竜を本土にあげたがるんだろう

今回は恐竜のいる島にある火山が噴火。恐竜たちはこのままでは絶滅してしまう!というところから話ははじまります。
サブタイトルがいかにも、「島での話」をにおわせておいて、島で過ごす時間めちゃくちゃ短いです。
恐竜保護のために上陸して、数時間であっという間に火山は爆発。
人間たちは可能な限りの恐竜を船に乗せて、早々に脱出です。

本土で闇のオークションにかけられるために、恐竜たちはアメリカに運び込まれます。

シリーズの2作目の「ロスト・ワールド」でも恐竜はアメリカに運び込まれます。
今回も前回の「ジュラシック・ワールド」から考えると2作目。またアメリカに運び込まれます。

話の展開的に・・こうするしかないんだろうか・・・と思わずにはいられません。
しかも「ロスト・ワールド」はティラノサウルスが街を疾走するけれど、今回に至っては屋敷内。
室内で巨大生物に襲われるのは怖いですけど・・・スケールがちょっと小さい気がします。

最終的には恐竜たちは解き放たれて、アメリカ大陸で自由自在に生き抜いていきそうな感じになりますが、パニック映画の側面は低くて前作を見ていると、物足りない気がします。

創り出した命の是非を問うために、少女の存在を用意するのはずるいのではないか。

劇中にメイシーという女の子がでてきますが、彼女は途中で「クローン人間」であるということがさらっと明かされます。
なんでこの設定が必要なのか?と不思議に思っていると、彼女には役割がありました。

恐竜たちが閉じ込めらているエリアに、猛毒ガスが充満し始めます。
主人公の1人、クレアが、檻のロックを解除しますがゲートを開けて外に解き放つのは躊躇します。
だって、8km先には街があります。
人間の世界があるのです。
逡巡し、もう一人の主人公オーウェンに諭されてゲートを開けるのをやめます。
みんなで悲痛な思いで最期を見守ろうとしていると、ゲートが開き始めます。
メイシーがゲートのロックを解除。
そして彼女は言うのです。

「創られても、生きる権利がある」

彼女も同じように創られた命。彼女の決断に誰も異を唱えることはしません。

でも、これってずるいと思うんですよね。
同じ立場のクローンである子供に判断をさせるのはストーリーの解決策として簡単。

そうではなく、生み出す側にいたクレア(前作ではパークの責任者)であったり、オーウエン(ラプトルを調教することに成功し、そのことが兵器開発への可能性を開いている)が判断する方が重要だったと思います。

今回の悪役であるミルズに「お前たち(クレアやオーウェン)にも責任はあるはずだ」と糾弾させるのであれば、制作者側は答えをクレアやオーウェンに出させるべきだったと思うのです。

創った側として恐竜をどうするのか、それをみたかったように思います。

ヘンリー・ウー博士がいる限り物語は続く

このシリーズの影の主人公ヘンリー・ウー博士。
1作目の「ジュラシック・パーク」で恐竜を復活させた立役者であり、4作目の「ジュラシック・ワールド」ではとうとう新種のインドミナス・レックスを開発。

彼は引き際を心得ており、危ないと判断すると即座に撤退します。
研究成果を全てもって、あっという間に撤収していく。
彼がいるかぎり、今日も地球のどこかで恐竜は作られ、生物兵器のために新種は作られます。

科学を盲信していて、生命倫理からはほど遠い人ですが、マッドサイエンティストというふうには見えません。
ただ純粋に「最強の恐竜を生み出したい」っていう、妙に清々しいところがある。
演者の力かもしれませんが、憎み切れないのが不思議です。

彼さえ生かしておけば、永遠に続編作れますね。
今回も無事に脱出していました・・。

「ゴジラvsビオランテ」の問いかけの答えはまだでていない

遺伝子操作の映画はいろいろあると思いますが、私が思い出すのは「ゴジラvsビオランテ」。
ゴジラの細胞からビオランテが生み出されるのです。
時代が違うので、映像や劇中の機械やモニターに古さは付きまとうけれど、根本的な問いかけは変わっていない気がします。

ビオランテはゴジラに倒され、生みの親である博士は凶弾に倒れて映画は幕を閉じます。
今後もう作らないとか、そういう答えは一切なく。

人は神になれるのか。
新しい生物を創ることが許されるのか?
1989年に制作されたこの映画の問題提起は、2018年の「ジュラシック・ワールド」でもでていません。

続編が作られるみたいなので、期待しています

2021年の公開を目指して制作が始まっている、とWikipediaにでていたので楽しみにしています。
地球に解き放たれてしまった恐竜たちの問題に、どんな答えをだしてくれるのか。

生命への答えをちゃんとだすのか。
人類vs恐竜みたいな内容にだけはならないといいな・・と思っています。

今日ブログに紹介した関連作品はこちら▼

1作目「ジュラシック・パーク」▼

前作「ジュラシック・ワールド」▼

「ゴジラvsビオランテ」▼

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この記事を書いた人

蒼(あおい)

蒼(あおい)

【灯台ブロガー】
●接客業を11年半やって、2018年5月31日で会社員を卒業しました!
●かつての私のように人生って暗闇だよねって思っている人に、灯台のように、北極星のように、そっと道を照らしてあげられる文章を書いて生きていきたい。

twitter:@yazumi_aoi

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