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トラブルに出会ってしまって、誰かに助けてもらう。
自分がミスをして、相手がカバーしてくれる。

そういう時に、関わってくれた人に感謝する。
それはいいことだ。

その「感謝」について、冷静に見てみるといいかもしれない。
「ありがとうございます!」にこめられた意味をよく考えてみたい。

「ありがとう」というたびに、自分を傷つけていることだって、ある。

「ありがとう」に隠されている意味が「私なんかのために」だったら

「落とし物を届けてくださって、ご迷惑おかけして・・。ありがとうございます!」
「すみません、私のミスをカバーしていただいてありがとうございます!」
「私なんかのコメントに、いいねしてくれてありがとうございます!」

誰かに感謝できることは素晴らしいことだと思う。
確かに、誰かに怒っていたり恨むより、ずっといいよね。

でも、「私なんかのために」って最初につくようだったら、ちょっと立ち止まる時だと思う。
相手のことを感謝しているように見せて、自分の存在を否定してるのかも。
「ありがとう」というたびに、自分を傷つけていたら・・・・。

「あの人は私のためにいってくれたんだ」とか言い聞かせている間に、心が死んでしまう。

無理やり誰かに「ありがとう」って思わなくてもいいんだよ

なにかしてもらったら「ありがとう」といいましょう、って幼稚園とか小学校とか、小さいころに習う。
習うっていうか、たたきこまれる。

でも・・それは心から出た時だけでいいんだよ、ってことが抜け落ちて教わっている気がする。

例えば、パワハラ上司が「お前のためにいってやってんだよ!」とか怒鳴りつけてくる。
その中に人格否定とか入ってきてるのに、神妙に聞いた後、こういったりしないだろうか。

「私のために、アドバイスをしてくださってありがとうございます。」

心はズタボロで号泣しているのに、そういうことを押し殺して伝える「感謝」。
「ありがとう」って言葉だけじゃなくて、心でも思わなきゃ!と自分を傷つけていたりする。

私は知っている。
世の中には「ありがとう」を無理やりいわせたいだけの人がいるということを。

「ありがとう」を武器として使う

クレームの多い職場で働いた時に、「今から殺しに行くぞ!」とか「俺の貴重な時間をどうしてくれるんだよ!」って言われたとしても、
最後に「貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございます。」と必ずつけていました。

だって、それで満足する人が多いから。
理不尽な要求だったり、罵詈雑言を浴びせる人でも「感謝してます」っていっておけば、最後はなんか機嫌よくなる。
そういうもんなんです。

そういう人は、「ありがとう」っていわれたいだけ。
「ありがとう」っていわれたいだけの、かわいそうな人です。

理不尽な要求、罵詈雑言をあびせられたあと、電話口でめちゃくちゃすまなそうに
「この度は私どもの不手際で、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。また、貴重なお時間をいただきご教授いただき感謝しております」
っていっていたけれど、武器なんだと思って使っていればいいのです。

心では「こいつ・・・マジで・・畳の上で死ねると思うなよ!」って呪っていてもいいんです。
「ありがとう」っていわれたいだけのかわいそうな人には、心を込めて言う必要はないんです。
心を込めてるふり、だけで十分。

特に「お前のためを思って言ってるんだ!」とかいって怒鳴りつけてくる人に対して。
「私のためにいってくれるんだ」とか心に言い聞かせる必要はありません。

「ありがとう」に心を込める時は、自分も相手も幸せな時にする!
それだけで、心が守られます。

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この記事を書いた人

蒼(あおい)

蒼(あおい)

【灯台ブロガー】
●接客業を11年半やって、2018年5月31日で会社員を卒業しました!
●かつての私のように人生って暗闇だよねって思っている人に、灯台のように、北極星のように、そっと道を照らしてあげられる文章を書いて生きていきたい。

twitter:@yazumi_aoi

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