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価値感は、自分の所属している世界に大きく左右される。
時々、価値観があまりにも違うことに愕然とすることがある。
驚かされる、というよりも、傷つく時もある。

そうじゃない、そういう答えがほしいわけじゃない。
私がいっていることはそういうことじゃない、なんで伝わらないんだろう。
いつも、あまりにも世界が違うので絶望してしまっていた。

今日、TwitterでZOZOの前澤社長のとあるツイートを読んだ。
心を打たれた。
あぁ、いつも私がもどかしく思っているのはこれなんだ。
「雨漏りをしたら、バケツを置くか屋根を張り替えるか」

そこが食い違うから、相いれないのだ。

自分が働いていた世界と、そうではない世界に生まれる大きな溝

「自分の仕事は、代わりがきくものだろうか」
という問いかけには、年に数回出会う。

自分が仕事を辞めるかどうか、という時には頻繁にその問いかけが頭をよぎったものだ。

「私がやめたら、このお店はどうなるのだろうか?」
「穴があいたら、みんなが迷惑にならないだろうか?」

ぐるぐると頭を回って、「やめてやる!」という決断にはなかなか至らなかった。

それは例えば、体調が悪くて仕事を休むかどうかというときにも起きていた。

「今日私が休んだら、シフトが回らないだろうな。」
「私が休んだら、夜あの子が一人になるか?いや、もしかして店長が16時間ぐらい働いてしまうかもしれない」
「私がいけば、とりあえずなんとかなるだろうな」

多少体調が悪くても、いやすごく体調が悪かろうとも、薬と気合に物を言わせて出勤したものだ。
祖父や祖母が亡くなった時も、とんぼ返りでシフトを全うした。

私の世界で、それが当たり前だった。
そういうふうに成り立っていた。
「誰も休まなくて当たり前」「休むなら代わりをたてて当たり前」。
人件費が利益に直結するから、働く人員に余剰があるなんてことはありえない世界。

そうじゃない世界があることは知っていた。
体調が悪かったら休める、むしろ休んだほうがいい世界。
体調悪くなりそうだから、でも休める世界もあるらしい。

そういう世界は別世界で、今でも本当はどういう世界なのか私は知らない。
ただ、その世界の人たちには常にざわざわしていた。

向こう側の世界の人にとっても、私のいた世界は想像できない世界のようだった。

問題を解決するには応急処置と、根本解決の両方が必要である


「休めるように会社が考えないとね!」
「そもそも仕組みがまちがっているよね。」
「休めるように人員を増やすべきだよね」

そうなんだけども。
その意見は正しいんだけれども。
私も決して間違っていないと思うんだけれど。

向こう側の世界にいる人と話していると、もやもやしていた。

でも、何か違う。
私がほしい答えはそういう答えじゃないんだ。

ただそれを言葉にはできなかった。
できないまま、ずっともやもやしながら生きてきた。

それが今日、あるツイートで解決した。
ZOZOの前澤社長が世界平和について語ったものだ。

応急処置と、根本解決。
問題を解決するにはその両方が必要なのだ、と。
それを、前澤さんはすごくわかりやすく例えてくれた。
雨漏りの時に、その下にバケツを置くか、屋根の張替えをするか。

前澤さんのこのツイートには、心を打たれた。
あぁ、求めていた答えが、わかりやすく語られていた。

私は「バケツ=応急処置」を求めていたけれど、「屋根の張替え=根本解決」の話ばかりだった

私は「バケツ」を求めていた。
いつ叶うともしれぬ「屋根の張替え」をいわれても、目の前の課題は解決しない。

会社が考えるように働きかけても、今日のシフトの問題は解決しない。
私の世界が抱える仕組みに問題があったとしても、それは今すぐ解決しない。
社会が変わるまで、私の、いや私と同じ世界にいる人の問題は解決されないのだろうか。

誰も「バケツ」の話をしない。
なんで誰も「バケツ」の話をしないんだろうと、いうことに私は苦しんでいた。

しかし、一方で「バケツ」はあって当たり前、という世界の人たちがいる。
その人たちには、当たり前の世界の人には「バケツ」がない苦しみはわからないだろう。

自分が話しているのは「バケツ」か「屋根の張り替え」の話なのか


世界のいろんな意見のぶつかり合いは、みんなこういうことで起きているんじゃないだろうか。
「雨漏りしてるのに、バケツがないじゃないか」という世界の人と、
「バケツはあって当たり前。根本的に屋根を直そうよ」という世界の人と。
同じことを話しているのに、ずっと平行線になる。

どちらがいいとか、悪いとかそういうことではなくて。
そういう平行線の世界が世の中にたくさんあるのだろうと、知っておくだけでもいいんじゃないか

そうすれば断絶されたと思えていた世界に、橋が架かるかもしれない。
それが今にも切れそうなつり橋のようなものだったとしても。
橋がないよりはずっといい。

世界が少しだけ、触れ合うかもしれない。
前澤さんのツイートを見て、少し希望を見つけた。

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この記事を書いた人

蒼(あおい)

蒼(あおい)

【灯台ブロガー】
●接客業を11年半やって、2018年5月31日で会社員を卒業しました!
●かつての私のように人生って暗闇だよねって思っている人に、灯台のように、北極星のように、そっと道を照らしてあげられる文章を書いて生きていきたい。

twitter:@yazumi_aoi

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