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8/23(木)にストレングスファインダーのセッションを受けてきました。
セッションをしてくださったのは、琴市しづかさん。

しづかさんのストレングスファインダーのワークショップには2回参加しています。
そのワークショップにでたことにより、社会の中で生きていきやすくなりました。

私は自分のストレングスファインダーの資質のTOP5について、いろいろ調べてきました。
調べれば調べるほど、「資質同士の関係性が」大切であると、わかりました。

しづかさんのセッションでも、そのあたりのことを特に聞いてきました!

アイキャッチの写真は、セッションの会場となったトラヤさん。
写真をとり忘れたところ、あまかずさんが写真を貸してくださいました。
あまかずさん、ありがとうございます。

ストレングスファインダーを知ると、唯一無二の自分を知ることができる

「これぐらいわかれよ!」
「なんでわかんないんだ、あいつ人として終わってる!」

と、結構大真面目に30年間生きてきました。

それが、琴市しづかさん主催のストレングスファインダーのワークショップで大きく変わりました。

1回目に参加したとき▼

この時は本当に衝撃を受けました。
他の資質を持っている人の考え方が理解できないのです。
理解できないどころか、怖すぎてその方向を見ることすらできなかった。
「日本人はみんな同じ思考パターン」ってなんとなく思っていたのですが、大違い。
人の数だけ違うのだなと実感しました。

2回目に参加したとき▼

「信念」は自分の気持ちを負けたら死ぬ、という話に会場がざわめいていました(笑)
この時に同じ「信念」という資質を持っていても、どんな「信念」を持っているのか違っているんだなぁ~と強く感じたことを覚えています。

それから興味がでてきて、自分で調べたりするようになりました。

不思議なのは、同じ資質を持っている人とあったとしても、考えや行動が一致するわけではないということ。
私はお友達に、上位の資質が3つ一緒のお友達がいますが、だからといって相手と100%話が合うわけではありません。

お互いに違っている資質の影響なのか、資質同士の発揮のされ方なのか。
興味はつきないのですが、自分で知ることには限界がある気がしました。

ただ、なんとなく思ったのは自分は「唯一無二」であるということ。
でも、それは感覚で思っているだけで、ぼんやりしていました。

そこで、しづかさんのセッションにいってきたのです。

私の上位資質5つの使い方を、解説してもらったら、目から鱗!

蒼の上位5つの資質をそれぞれ確認することからセッションは始まった。

1位 内省
2位 信念
3位 調和性
4位 慎重さ
5位 適応性

セッションはこの資質をお気に入りの順で、選びながら話していくことから始まりました。
私のお気に入りは「信念」。
信念の特徴が書かれた紙をみたら、思わず笑ってしまうぐらい、まんま。
特に「嫌いなことは自分の信念とあわないもの全て」と書かれているところは、まんま私。
私のファイターとしての行動原理は、これか~と。
苦笑しました。

逆に一番、解説がぴんとこなかったのが「適応性」。
そうなような気もするし、そうではないような気もするし。
本質に「即決する人」とあるのですが、私は「慎重さ」も持ち合わせているので、あまり発揮していない気がしたのです。

5つの解説を読みながら、話をしていくとしづかさんが、資質同士の関係性等も含めて話をしてくれました。

調和性に裏打ちされた信念

「調和性」の解説を読んだときに、おや、と思いました。
「調和性」と「信念」が、バッティングするような気がしたからです。

みんなでできるべストを尽くしたい「調和性」と自分にとって一番大事なことをしたい「信念」。
両方を持ち合わせているから、よくないのかしら?と思ったのです。

でも、しづかさんに「どんな時にワクワクする?」「どんな時に許せない?」ってなると聞かれて出てきた答え。
「自分のことしか考えてない行動をとる人は許せない!」
というものでした。

それを聞いたしづかさんが「調和性に裏打ちされた信念だね」と。
こういう使い方をしている人は、なかなか珍しいといってくれました。

私は「信念」と「調和性」が密接に結びついているので、悪い方向に「信念」を働かせることはないだろう、と。
あわない人とぶつかるだろうが、それは仕方ない。
でも自分の「信念」に基づいた行動が、体からにじみ出ている限り、それに共感してくれる人は周りに集まってきてくれるだろうと。
逆に「信念」がぶれてしまうと、「いってることとやってることが違うよ」と思われてしまう、と。

過去にどんな環境でもスタッフさんには、好かれていたという自信があります。
それは自分のぶれない姿勢や言動があったのだろう、と思っていましたが、改めて解説してもらって納得!

にじみでているだけではなく、言語化してアウトップとができる方がいい、とアドバイスをいただきました。
そして行動の主軸に信念を置いていく、といいと。

「これが許せない!」という信念だけでなく、「これには夢中になる」という信念を見つけると、自分の幅が広がる。
そういう風に思いました。

バックグラウンドで常に走る内省

「内省」は常にバックグラウンドで動いている、アプリみたいなものだ、といわれて納得してしまいました。
瞑想ってできないんですよね。
頭を真っ白にして、っていう意味が分からない。
思考が止まるってどうやるんだろう?

私は寝るときは、いろんなことを考えて寝れなくなるタイプです。
なので頭の横に外付けスピーカーをおいて、何かしら動画を流しています。
人が何かを話しているのを聞きながら、寝ています。

きっと寝ている間も、「内省」はバックグラウンドで起動しているんだろう。
死ぬまで止まらんのだなぁ・・。

適応性をもっとうまく使ってあげると、慎重さの悪い部分を脱する

今回一番聞きたかったのは「慎重さ」。
会社を辞める時もそうですし、何か新しいことを始めるまで時間がかかるのです。
「このリスクには対処できる」とか「リスクはない」と判断するまで、全く動けません。
その時間が長いのが、気になっていました。

「リスクがないとわかるにはどういう行動する?」
といわれて考えてみた結果、私は「誰かに意見を求めて、納得できると進める」ということがわかりました。

「適応性」はいろんな意見や環境に適応できる=自分に必要なものを取捨選択できる、ということでもあるようですが、
私はうまく使えていないようでした。
あくまでも受身的に「トラブルが起きたら対処できる」「現場の仕事が好きなのは、適応性」ぐらいに使っていました。
でも、そうではなかった。

受け身ではなく、攻めの「適応性」を意識をすればいい。
人に聞く、読んだことないジャンルの本や、映画を見る、セミナーに行く。
そういうことでいい、と。

「適応性」をうまく使って、新しい知見を広げる。これがキーワード。

私は結構「新しいもの」とかを受け入れられないんですよね。
特撮が好きですが、そういうことに苦しんで、最近はほとんど接していません。
でも、「いいと思ったものはちゃんと取り入れる資質だから、大丈夫」といっていただけて、「仮面ライダージオウみてみるか」と思えました。

裏で暗躍している「責任感」に要注意

「調和性」「信念」「慎重さ」と合わせて出やすい資質に「責任感」があるとのこと。
資質の順位としては「責任感」は14位ですが、これだけでやすい資質を持っていると、陰で力を発揮している。

思い返せば、過剰に自分を殺して働いているときって「自分がなんとかしなくては!」という責任感に突き動かされている気がしました。
自分の休憩も休日もないようなシフトを作っていたにもかかわらず、人がいないのに「この人とこの人は相性が悪い」とか「運営のパワーバランス」まで考えてシフトを作っていました。
それにもかかわらず、「今日はしんどかった」という声を聴くたびに「私のせいじゃないか」「もっとうまくやれたんじゃないか」と自分を責めていました。

たぶん、「責任感」が悪い方に暗躍しがちなんですね。
「あの人の機嫌が悪いのは、私のせいかしら?」なんて思うのも、「責任感」のせいだと思う。

自分を責めずに、追い詰めずに生きていきたい。

たとえ同じ資質を5つもっていても、私と同じ人はいない、という確信

セッションを受けるときに、しづかさんが「もしもこの資質とこの資質が強く関係していたら」というような例をあげてくれることが何度もありました。

思わず聞きました。

「もしも私と同じ5つの資質を上位に持っていても、資質の関係性が違ったら、全然違うってことですか?」

しづかさんは、その通りだといいました。
どういう風に資質同士が関係しているかは、ただ上位5つの資質を教えてもらうだけではわからない。
実際にあって、話していくことで紐解かれる。
それが、とても興味深いことなのだ、と教えてくれました。

ストレングスファインダーの34個の資質の組み合わせは、それだけで無限大。
そしてその中でも、資質の関係性やパワーバランスによって、また発揮される力が異なってくる。

世の中に自分と同じ考えや、思考パターンをもっている人はいない。
というか、ありえない。
そういうことを感覚的にぼんやりもっていたことが、確信に変わりました。

争うことを恐れずに、自分の「信念」を信じて生きていく

ファイターとしての自分を、恥じているところがありました。
友達がいなくなったこともあるし、両親と深い溝がある。
もっとうまくやろうと思ったら、迎合して生きればいいんじゃないかと。
「適応性」「調和性」といういかにも「和を以て貴しとなす」的な資質も持っているから、できないことではない。

でも、それをしたら、私は死にます。
「心」が死んでしまう。
迎合したら、そんな自分を許せなくてずっと苦しむだろう。
私は今年の5月に、両親をたてることを選びました。
そしてそれを今もずっと後悔しています。
その選択によって得られたこともあるけれど、「自分を曲げた」ということが、どうしても許せないでいる。
親であろうとも、その一線を譲ったことは許しがたいことなのです。
だから、私は親と連絡を自分からとることはしません。
「親が与えようとする人生観や、愛」は私の「信念」に反する。
親を許すとか、いろんな意見を目にするたびに「それでも無理なのだ」という叫びを消すことができない。

親でも仕方がない。
私は「心」を殺すわけにはいかない。
「信念」に従って、その道に争いがあったとしても、凛としてこの道を歩くしかない。
それが私の人生なのだ。

「調和性」が「信念」とともにある限り、私はきっと大丈夫だ。
「慎重さ」が歩む道を堅実にしてくれるだろう。
「適応性」が世界を広げてくれるだろう。
そして、常に「内省」が、全ての情報や思いを私の中で深めてくれるだろう。

そうやって、私は生きていくのだ。
それが、私なのだ。

via PressSync

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この記事を書いた人

蒼(あおい)

蒼(あおい)

【灯台ブロガー】
●接客業を11年半やって、2018年5月31日で会社員を卒業しました!
●かつての私のように人生って暗闇だよねって思っている人に、灯台のように、北極星のように、そっと道を照らしてあげられる文章を書いて生きていきたい。

twitter:@yazumi_aoi

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