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今日仕事の帰り道、小さな女の子に席を譲った。
なんとしても譲りたかった。

何としてもそうしてあげたかった。
だって、だって。
私がそうしてほしかったんだから!!

「私は?」という女の子の一言に、はっとして立ち上がった

仕事からの帰り道だった。
帰宅ラッシュちょっと前の電車の中で、たまたま目の前のボックス席があいた。
くたくただったので、「やっほ~い」と思って、席に座った。
目の前の席が一つ空いた。
そこに幼稚園生ぐらいの眼鏡をかけた女の子が、母親に促されて座った。
そこに1~2歳年上の女の子がやってきて、母親に聞いた。
「私は?」
って。

その時に胸が熱くなって、間髪入れずに私は立ち上がった。
「どうぞ!」
って、立ち上がった。

もしも私が立ち上がらなかったら、その女の子がなんて言われるかわかったから。

「我慢しなさい、お姉ちゃんなんだから。」
それだけは言わせてはいけないと思った。

私が譲って女の子がニコニコして、座った。
母親は私にすみません、と一言言って、女の子に向かっていった。
「一緒に座ればいいのに。」

譲ってよかった!その言葉を聞いて確信した。

お姉ちゃんだって、優しくされていいんだ!

「お姉ちゃんなんだから、我慢しなさい。」
という言葉を、声に出していわれたことも数えきれないし、言葉はなくて態度で示されたことは何度もあった。

小さいころ、弟が2~3歳の時だろうか。
弟はなぜだか、毎日引き出しを全部外しておもちゃをぶちまけるのを日課にしていた。
本棚の本も全部床に出されていた。
それを毎日、毎日、私が片づけていた。
片づけて!といっても聞くような年頃でもないから、母親は私に命じた。
「お姉ちゃんなんだから。」
毎日、黙って弟が散らかしたおもちゃを片付けていたときに、理不尽だ、と子供心に思った。
だって、私が散らかしたわけではない。
怒られるわけでもなく、ただ私が毎日片づけないといけない。
どういうことなんだ!

なんでも「お姉ちゃんなんだから」と片づけられることに、慣れてしまっていたけれど傷ついている自分も確かにいたのだ。

それが今日、お姉ちゃんと思しき女の子の「私は?」という声に反応したのだと思う。
同じ「お姉ちゃん」として、あの女の子を幸せにしたかったんだと思う。

私がもしも立たずに、女の子は「お姉ちゃんなんだから立っていなさい!」といわれたり「妹と一緒に座りなさい。」っていわれたら。
きっと楽しいお出かけの帰り道、彼女の小さな心は波立っただろう。
「また私が妹のせいで、我慢させられた」って思うんだろうなぁ。
妹はニコニコ楽しい感じで椅子に座っていて、ぶすっとした気持ちでいたかもしれない。
もし一緒に座ることになったとしても、「妹の隣に座ることになった」と思うだろう。

お姉ちゃんと妹が向かい合って、ニコニコしているのを見て、私も幸せになった。
今日一番幸せなことだったと思う。
あのお姉ちゃんに席を譲った時に、私は遠い昔の自分に席を譲った気がした。

私は優しくされてよかった。
優しくしてもらえる、子供時代が4年間しかなかったなんて悲しすぎる。

お姉ちゃんだって、優しくされたい。
優しくされていいんだ!!

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この記事を書いた人

蒼(あおい)

蒼(あおい)

【灯台ブロガー】
●接客業を11年半やって、2018年5月31日で会社員を卒業しました!
●かつての私のように人生って暗闇だよねって思っている人に、灯台のように、北極星のように、そっと道を照らしてあげられる文章を書いて生きていきたい。

twitter:@yazumi_aoi

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