だからもう、もうあの頃のように愛せない。

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時々、何も書くことがなくなってしまう。
いや、書くことはあるんだが、言葉や思いにまとまりがない。

昨日は3本書いておいて、2本がお蔵入りである。
1つは2時間ドラマの記事で、1つは「日本語しゃべれるから日本人?」という内容の記事だった。

どちらもなにか、どっちつかずのままになってしまって終わってしまった。

ものを書くことが好きだ。
人に読んでもらうとか読んでもらわないとかはおいておいて、書くことが好きだ。

その私がかけなくなった瞬間に、自分が空っぽになってしまったようで焦る。

誰のためでもないはずの、自分の心の声が行き先を見失っている。

私よ。
お前は何を語りたかったのか。

誰かに何かを伝えたくて書いている日もある。

誰にも何も伝わらなくても構わない日もある

でも、毎日書いていることができれば、「私は私である」と思える。

じゃあ、書けなくなったら、私は私でなくなるのか?

私じゃなくなったら、私はどうなるのだろう。
中二病みたいな悩みだとわかっていても、思考や感情が言葉に乗っていかないと不安だ。
書いてこその私。
それでこその私。
揺るぎない私。

ある日このことすら愛せなくなったりするんだろうか。
アイデンティティーだ!と言い切るぐらい愛するものを、愛せなくなったあの日を。
私はもう二度と繰り返したくない。

繰り返すものか、と思うと執着しているから、逆に失ってしまう気がする。

私はあのとき、執着して執着して、憎んでしまった。

だからもう、もうあの頃のように愛せない。

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この記事を書いた人

蒼(あおい)

蒼(あおい)

【徒然と日常を綴るツレヅリスト/書店員】
●2018年5月31日、自分を大切にしない働き方をやめました。
●現在は書店員(料理・手芸など以外の実用・芸術担当)
●ご機嫌に毎日を過ごす方法にチャレンジしてます。

twitter:@yazumi_aoi
Instagram:@aoi_2re2re

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