広告

ようやく、元気になってきた気がする。
体は元気だったのが、気持ちが全然元気じゃない1ヶ月だった。

私は人と関わることに思った以上に疲れるのだと知った。
接客業しかやったことがなくて、「人と関わると疲れる」とか意味不明ではある。
でもそう形容するしかない。

エネルギーのバランスがくずれたんだと思う。
ものすごく雑な言い方をすると「Give&Take」のバランスが超悪かった。
自分が心をこめてやっても、満たされなかった。

自分のサービスの仕組みが悪いのだと思った。
現実、そういうことなんだろうなぁ~と思った。
ビジネスって需要があるから生まれるのであって、そこからお金が生まれるのだ。

でも、私はそれ以上つきつめてサービスを考えることができなかった。
これ以上うまくいくとは思えなかった。
きっと自分の思うところと、人が思うところが違うのだろうと思ったからだ。
でもその「違い」を埋める案を考えられなかった。

エネルギーは満たされることはなく、ひたすら使われていった。
そしてある日、感情がオフった。

「Give&Take」のバランスを甘く見てはいけない。

そして、自分の完璧主義思考と鎖国バリアーがある限り、取り組みは無理だ。

それを書いておこうと思う。

2ヶ月の取り組みで、人生に光明が!と思った。

2ヶ月ぐらい、自分発信でいろんな取り組みをした。
「ホメホメ&感謝日記」だったり「ブログの感想書きます!」だったり「やりたいことを語ってみよう会」だったり。

突然コミュニティの中心的なものを、ぎゅ~~っとやりはじめたのだ。
今まで周りの人のサービスを受けていた私が、なんか知らんが、突然はじめたのだ。
グループを募って、たくさんのお友達に参加してもらったり。
面識がない方に参加していただいたり。
Zoomのホストのやり方がわかるようになったり。

得ることはたくさんあった。
告知って文章を考えるの、脳みその違うところを使うだということを知った。
Facebookだけじゃなくて、ブログにも告知書いてみたりもした。
Zoomで話をきくだけの会は、とても楽しかった。
誰かのやりたいことを聞くのって、自分もパワーになるんだなぁと。

新しい人間関係が生まれたり、深まったり。

そういう全てが楽しかった。

参加してくれる方の心に届けられるように、言葉を選んでメッセージを綴ったのも勉強になった。
相手に寄り添い方も、勉強になった。

私はカウンセラーになりたいわけでもないし、コーチになりたいわけでもない。
癒やしたり、救えたりする立場にいるわけではない。
でも、私の言葉が相手に届くことで、少しでも役に立てるという経験はうれしいものだった。

自分の人生に、光明が!!と思った。

Giveを重ねた結果、ウェルカム暗黒界状態

でも、結果的に2ヶ月で私のエネルギーは枯渇した。
光明が一転して、ウェルカム暗黒界。

感情はオフってしまい、絶望だ~と動けなくなることはないけれど、喜怒哀楽が平坦になった。

Giveだけの日々に疲れてしまったんだと思う。

私は言葉を相手に届けるために、毎日一定の時間を割いていた。
書いてくださったコメントを読み込んで、返信をするというのは、思ったよりも大変なことだ。
その日のコメントのどこに注目するか、どういう言葉を選ぶか。
ときには以前の内容を確認したり、届けるメッセージを重ならないようにしたり。
本気で取り組んだ2ヶ月だった。

でも、私の本気のエネルギーを注ぎ込んでGiveしまくった先がなかった。
私はこの取組でtakeを設定してなかった。

この取組は無料でやっていた。
だから、私がどれほど心と時間を注いでも、金銭は発生していなかった。

別にtakeはお金じゃなくても良かった。
取り組んでくれる方の熱意だって、十分なtakeだった。
ものすごく取り組んでくださる方がいた。
毎日、毎日書いてくださって、私の考えたこともない気づきをたくさん教えてくださった。

しかし、その一方でほとんど参加されない方もいた。
フェードアウトしちゃうとか。全く参加されない方とか。

自分が真剣にやればやるほど、横たわる温度差が目に入った。
温度差の崖は深くて、底知れない崖に石を投げ込んでいる気持ちになった。
投げ込んでも届いているのかどうかもわからない、虚無との勝負みたいな気持ちだった。

例えばだけれど、
「参加率がどれぐらいになるのか、実験してみよう」とか
「どういうタイプの人が続くのか?」とか
そういう結果を知るための取り組み、ぐらいにtakeを設定しておいても良かったのかもしれない。

私はそういうTake設定をしてなくて、ただただエネルギーを注ぎ込むだけ注ぎ込んで、空っぽになった。

もちろん、そういう方をフォローする仕組みを作るのも、ホストである私の役目だったと思う。
こういうふうにすればやりやすい、という意見も実際頂いていたし。
改善していくことが、サービス化を目指す上で必要なことだったのだと思う。

でも、その改善は、私がやっている取り組みの趣旨とは異なるという思いもあった。
一方で、参加者の声にも応えたいという気持ちもあった。
板挟みだったりもして、よりエネルギーを消耗した。

甘いと言われるかもしれないけれど、GiveとTakeのバランスが超悪かった。

完璧主義者の私は、さらにTakeを0だと決めつけていた。

今思うと、すごく「自分中心」の視点で苦しんでいたんだな~と思う。
人はみんな価値観とか、考え方とか違うんだって、ストレングスファインダーでやったじゃん!って感じ。

「やるって決めたらやり通せないって、何?」って思っていた。
「忙しいってやらないってことは、本気じゃないんでしょ?」って思っていた。
「本気じゃないのに、なんでやるっていったの?」って思っていた。

これは全部私の価値観で。

「やるって決めてやり通すやつは、成功しない」という人もいるし。
「忙しいから、自分のために取捨選択する」人もいるだけだし。
「本気じゃなくてもノリでやる!」っていう人もいるし。

完璧主義なので、全員が参加してくれないと失敗だと思っていたことも大きかった。
すごく雑な例でいうなら、私は7000人のお客さんに満足できなかった某アーティストと一緒ってことだな。
(いいすぎか、大御所に失礼か)

ないものばかり見てしまっていた。
100点以外、みんな0点だった。
平均点30点のテストで49点だったときに、死ぬほど親に怒られたぐらい、自分に対して理不尽だった。

参加してくれた方の熱意とか、私にくださったコメントとか。
ちゃんとTakeはあったのに。

取り組み休止宣言

でも、しばらくは取り組みはしないです。
元気になってきたけれど、コミュニティに入っていこうというほどのパワーがまだない。
心の鎖国バリアが今も強い。
「目を閉じ、耳をふさいで孤独に暮らしたい」っていう鎖国バリアです。
「何かを得るなら何かを捨てなきゃ」っていう鎖国バリアも発動中です。
根幹は「人とはわかりあえない」っていうビリーフがめちゃくちゃ強いです。
バリアが何重にも存在しています。

わかりあえないなら言葉をかわす必要がない、と生き抜くために身に着けたビリーフはまだ強固です。
誰かと誰かがつながっていることを見ても、エネルギーなくなるんですよね、今。
なので、twitterぐらいの発信オンリーメディアがちょうどいいです。
Facebookはつらすぎる。

現実の仕事は、礼儀と仕事用コミュニケーションで成り立つのでやれる。
業務的なこととか、表面的なコミュニケーションでも十分生きていけるのだ。
でも、私がこれまでやってきた取り組みは、そういうモードでは決してできるものではない。

バリアがとける日も、いつかくるかもしれない。
そしたら、また何かをやりますっていうかもしれない。
でも、それまでは、元気になったり鎖国したり、リハビリをしていきます。

このブログが気に入ったらいいね ! をお願いします。
更新情報をお知らせします。

Twitter で

広告

この記事を書いた人

蒼(あおい)

蒼(あおい)

【灯台ブロガー】
●接客業を11年半やって、2018年5月31日で会社員を卒業しました!
●かつての私のように人生って暗闇だよねって思っている人に、灯台のように、北極星のように、そっと道を照らしてあげられる文章を書いて生きていきたい。

twitter:@yazumi_aoi

広告