広告

先日、さわぐちけいすけさんの「妻は他人」の最新刊を買った。
そのなかに、期待しない、ということを書いていらっしゃる記事があった。
「誰も見てくれないのか、じゃやめよう」
と思わないために、期待しないと。
自分がしたくてしたんだから、それでいいのだ、と。

昨日、シフトのミスで私の代わりのレジが設定されていなかった。
私ははて、なぜ誰も来ないのだ?
忘れてるのか?と疑問に思いながら、レジに入っていた。
目の前には30人以上の列があり、近くの人はみんな忙しそうであった。
シフトを確認したかったが、そのためにはお客さんの鼻先でれじをしめることになる。

設定時間から1時間が過ぎる頃、たまたまプレゼント包装をするためにレジから離れたので、それをきっかけに、近くのシフト作成権のある人に聞いてみた。

「代わりの人が来なくて、1時間ずっとレジに入ってるのですが、、」
するとその人はこういった。
「え?ただレジを閉めて抜ければいいだけの話でしょ?」
お前バカじゃないの、的な冷笑である。
今日のシフトを作成した人が後で来て、謝罪はされたが、続けてこういわれた。
「1分でも過ぎたら抜けてください。それでこのあとのあなたのシフト上のレジの時間は私が入るので、その時間はレジに来ないでください。」

来ないでください、、、。

この2人の人の言葉に私は、かなりショックをうけた、と同時に怒りで涙がこみ上げてきた。
お客様のクリスマスプレゼントを、こんな気持ちで包むのは嫌だったが、、とにかく怒りで涙が出そうだった。

ひとつには私がこの状況を説明する時に、
「私もシフトを確認出来たらよかったんですけど、できなくて」と、私も悪いんですよね、みたいなことを先にいったことがあった。
そこにかぶせて、向こうが正当化してきた。
そして私は自分を大切にしなかった。

もうひとつは、「レジに入ってくれていてありがとう」と言われると思っていたのだと思う。
混んだレジにぶっ続けで入るのは楽なことではない。
そこに感謝はあれど、非難されるとは思わなかったのだ。

昨日はそのあと、自分の気持ちを落ち着けることにはできたけれど、なんとなくひっかかっていた。私を大切にしなかったことだけでなく、なにかがあるなー、と。

それは「感謝される」という期待だったのだと思う。

混んだレジに入り続けるのを選んだのは私。
鼻先でレジを閉めるのを潔し、としなかったのも私。
そして、自己責任でしょ?といわれることも、よく考えたら知っていた。

次も同じことがあったら。

私はやっぱりつづけてレジに入ると思う。
本を1冊買うのに、10分以上待っている人を前にレジを一台閉めたりはしないだろう。

その時は自分が選択したのだから、と期待を捨てさろう。

via PressSync

このブログが気に入ったらいいね ! をお願いします。
更新情報をお知らせします。

Twitter で

広告

この記事を書いた人

蒼(あおい)

蒼(あおい)

【灯台ブロガー】
●接客業を11年半やって、2018年5月31日で会社員を卒業しました!
●かつての私のように人生って暗闇だよねって思っている人に、灯台のように、北極星のように、そっと道を照らしてあげられる文章を書いて生きていきたい。

twitter:@yazumi_aoi

広告