インナーチャイルドの冷たい眼差しの奥に

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急に気持ちが楽になった。(ように感じる。)

理由はこの投稿をしたから、、なんだが。

なんかよくわからないが、ランチしようと席に着いた時に
「あれ?なんか気持ちが楽になってる」
と思った。

原因がはっきりしたからなのか、
「誰も悪くないのに」という言葉になにかがほどけたのか。

なんとなしに、すこんと。

ビリーフがあって、それを書き換えるのって、チャレンジをなんどもしたけど、すごく難しくて、私は未だに自分の中にいる傷ついた子供(インナーチャイルド)を癒せていない。

癒す一言をかけようとしても、薄っぺらいな、と思うし、想像する子供の目線が「だから?今助けてくれなきゃ意味無いでしょ?」と冷たいので、たじろいでしまう。

だから、「大丈夫」という言葉をかけても私の中の子供は癒されない。
「そのままでいい」といっても、「そのままでいられなかったから、苦しいんだけど。」という。

子供の私の傷はすごくすごく深いのだろうと思う。
深すぎて、なかったことにしてしまったんだと思う。
人格が分裂するのは、辛い自分を守るため、というが、分裂はしなかったが、キャラクターとしてはもう1人の自分とその世界はつくりあげていた。

「1人でも平気」
「強い」
「笑わない」

これが理想で、いまもどこかでこれが理想だなと思っている。

そして、そういうキャラクターでいても、必ず誰かが見守り受け入れてくれる、という流れはお約束だったと思う。

1人でも平気でありたい自分を理想に置く一方で、
誰かにちゃんと見てもらいたい、愛されたい、という気持ちは存在していたのだろう。

ちなみに常に設定には親は常に死んだことになっていて存在していなかった。
弟や妹は、いなくて兄と姉が設定されていた。

そこもなんとなく自分の願望が透けてみえる。

私は甘やかされたかったのだと思うし、
「大丈夫?」って手をさしのべられたかったのだと思う。

でも一方で私はそういう自分であってはならないと思っていたので、

「1人でも平気」
「強い」
「笑わない」

は揺るがなかった。

私のインナーチャイルドの冷たい眼差しの奥には、黙ってノートに理想を書き綴る、もう1人のインナーチャイルドもいるのかもしれない。

via PressSync

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この記事を書いた人

蒼(あおい)

蒼(あおい)

【徒然と日常を綴るツレヅリスト/書店員】
●2018年5月31日、自分を大切にしない働き方をやめました。
●現在は書店員(料理・手芸など以外の実用・芸術担当)
●ご機嫌に毎日を過ごす方法にチャレンジしてます。

twitter:@yazumi_aoi
Instagram:@aoi_2re2re

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