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読んで苦しくなるマンガ。
心がかきむしられるマンガ。
どうして、どうしてと泣き崩れたくなるマンガ。
孤高に生きることが、幸せなのかと問いたくなるマンガ。

この全ての言葉があてはまるようで、全く的外れのようなマンガ。
私はまだこのマンガの正しい感想を言葉にできない。

「ダルちゃん」を今日買いました。

※このブログは感想ネタバレありです。

「ダルちゃん、あぁダルちゃん」~ダルちゃんをリアルタイムで読んでいたとき

「ダルちゃん」に出会ったのは、暑すぎてクラクラとしながら喫茶店にいたとき。
仕事をやめて、ちょうど何もしていなくて希望よりも不安が打ち勝っていたとき。
友達が、Twitterで紹介をしていて読んだ。
途中だった話を読んで、いてもたってもいられなくて、その日中に公開されていた話を全部読んだ。

それから毎週木曜日の更新を心の糧にして生きていき、連載が終わる頃、私はまた違う仕事を始めた。

1話読むたびに、Twitterに感想をあげようとするのだけれど、言葉が出てこなくて。
「ダルちゃん、あぁダルちゃん」とだけ毎回書いて投稿するしかなかった。

心がこの感情を昇華できない。

1話読むたびに心が傷ついて、かさぶたになったころに、新しい話を読んでまた血を流す。
でもそれは「ダルちゃん」が私を攻撃しているのではなかった。
「ダルちゃん」の奥にいる様々な私が、過去や未来や愛を武器にして襲いかかってきている。
そんな感じだった。

「私も擬態して生きている」ダルちゃんと私

ダルちゃんは自分を「普通の人間に擬態して生きている」と表現する。
本当はダルダル星人で、日々、普通にあるように必死に擬態しているのだと。
彼女が子供時代、ダルダル星人を隠さなかった頃の描写が、数回出てくるのだが心がきしむ。

クラスメートの心ない言葉だけではなく、そこには親とも兄弟とも違うという疎外感が描かれている。

擬態して生きていくまでの、ダルちゃんの努力の過程をみると、涙が止まらない。

私もそうだった。
普通の話題が、普通にできて、普通に会話できるように、必死に努力していた日々を思い出す。
TVはNHK、民放でみていいのはドラえもんとサザエさんのみ。
小学校でみんなが盛り上がるバラエティ番組も、アイドルも知らず、ドラマもわからなくて。

新聞のドラマのエピソード欄を毎日必死にチェックしてた。
図書館に行って、雑誌を読んだり、当時はまだあった芸能人の名鑑もチェックしたことがあった。
音楽はラジオのカウントダウン番組を毎週録音してきいていた。

それで少しずつ周りの人にあわせられるようになっても、いつも突然突き放されるような事件にあう。
ある日クラスの中心グループに嫌われて、突然無視されたり。
自分の名前がカッターで切り刻まれていたり。
擬態が完璧でなかったことに心が傷つく。

ダルちゃんの「生きることはどうしてこんなに寂しいの」というセリフは何回読んでも、心が傷つく。
あの日カッターで切り刻まれたみたいに。

「傷ついた人同士が寄り添って親友になる」ダルちゃんとサトウさん

サトウさんというダルちゃんの友人となる人がいる。
かつて、心も体も傷つく恋愛をしたサトウさんは、ダルちゃんに一つの道を示してくれる人だ。

ダルちゃんを、受け止めて抱きしめてくれた人。
ダルちゃんに、「詩」を教えてくれた人。

このマンガはダルちゃんが一つの道を見つける一方で、サトウさんの人生も進んでいく。
ダルちゃんが道を切り拓く一方で、サトウさんは一つの到達点につく。
嵐の海を乗り切ってぼろぼろになった船が、凪いだ港にたどり着くみたいに。

このマンガで一つ、私の心を救うとしたらサトウさんの存在だ。
ボロボロになったからこそ、サトウさんがダルちゃんに語る言葉は、誠実だし、強い。
そして優しい。

「愛している人をとるか、幸せをとるか」ダルちゃんとヒロセくん

ダルちゃんが、「詩」を書くきっかけになったのは、ヒロセくんだ。
会社の同僚のヒロセくんという恋人にであい、誰からも受け入れられなかった自分を受け入れてくれる存在。
大切にしてくれる存在。
その彼を愛するという気持ちが、ダルちゃんの心の封印をあけて、「詩」という武器を与えた。

そして皮肉にも「詩」によって、ヒロセくんとダルちゃんの関係は終わりを告げる。

ダルちゃんの幸せを数話で、しかも一瞬で打ち崩されたあの日。
しばらくショックだった。

その話はあまりにも幸せそうに始まったから。
そんな言葉が、ヒロセくんから出るとは思わなかったから。

なんだか自分に言われたような気がしてしまった。

相方はつきあって数年間、私の存在を隠し通した。
「いじられるのが嫌なんだ」といわれた。
仕事が終わって待ち合わせするときも、少し離れた場所で隠れるように待っていた。

今も相方は私のSNSへの投稿を嫌がっている。
一緒にとった写真も顔を隠して投稿している。
後ろ姿を友達限定で投稿したりする。
それも本当は嫌がっている。

それはヒロセくんがいうように「誰かに自分の生活を噂されるようなことは嫌だ」ということなのだろうか。

もしも、こうやってブログやSNSに書くことを理由に「別れよう」といわれたら。
私はダルちゃんのような過程をたどるだろうか。

ヒロセくんの言葉は、私を打ちのめした。
自分がようやく得た羽によって、傷つく人がいるということに。
それも自分が愛している人が傷つくということに、

愛している人が傷つかないために、羽をもぎとって血を流しながら「羽なんてなかった」といいきかせるだろうか。

ヒロセくんを憎めばいいのかもしれなかったが、ヒロセくんは誠実すぎた。
とてもとても誠実すぎて、ヒロセくんの気持ちとダルちゃんのどちら側に与すればいいのかわからなかった。
わからなくて混乱した。

「普通なんてない」ダルちゃんとコウダくん

コウダくんは、サトウさんの彼氏だ。
彼の登場はショッキングだ。
ネットで連載されていたとき、ダルちゃんが凍りついたような表情で終わっていたから。
誰が現れたのか気になってしょうがなかった。

コウダくんは、ダルダル星人だ。
一つ違うのはコウダくんは、別にいつでも擬態しようなんて思っていないこと。
擬態したほうがいいなら、してもいいかな~って感じ。

そのコウダくんの存在も、ダルちゃんを突き動かす。
コウダくんはいうのだ「普通なんてない」と。

コウダくんは、どんな経緯を経て大人になったんだろう。
ダルダル星人であることを隠さなくてもいいと、いつから知っていたんだろう。
子供の頃から?
それとも、なにかきっかけがあったのだろうか。

コウダくんは怖いし、憎い。
これを人は、嫉妬というのかもしれないし、畏怖というのかもしれない。

「言葉を紡ぐことまで擬態したならば」もう一度ダルちゃんと私

詩を書くダルちゃん。
ブログを書く私。
社会に出るまでは、小説を書いていた。

私もダルダル星人だ。
親の前では4歳から擬態をはじめ、小学校時代にいじめにあってさらに擬態をすることを覚えた。
擬態して擬態して、擬態しきれないと心が叫んだのに無視した結果、会社員時代にカッターで手の甲を切りながら働いた。
それでも擬態を続けて、セクハラやパワハラめいたことをいわれても、なんとなく笑って乗り切ってしまった。

その間、途切れながらも私は常に何か物を書いていた。
想像の世界を小説に書き、自分の心の怒りをブログにはきだしたり。

それがダルちゃんのように、人生を変えるようなことにはなっていないのだけれど。
書くことは常にそばにある。

書くことは武器であり、癒やしだ。
擬態することもなく、感じたままに文章を書く。

先日、半月ぐらいこのブログを書けなくなった。それはブログすら擬態しないと人に読まれないと思ったからなのだと思う。
擬態したら、人に読んでもらえるようになって、PVもあがって、望んでいる生活になると信じた。

「誰かが読んでくれるような物をかけたら、きっと幸せになれる」

でも、この武器を、癒やしまでもを、擬態してしまったら。
この武器すら、癒やしすら、嘘の殻をかぶせてしまったら。
書くことが自分を傷つけるようになった。

そして「普通に」書いている人が憎くて、叩き潰したくなった。
叩き潰して、叩き潰して、二度と立ち上がれないようにするまで叩きのめしてやりたいということしか、書くことが思い浮かばなくなった。

そして書くことをやめる、という選択しか残されなかった。

ダルちゃんは、「書くかやめるか」という選択しかしなかった。
目覚めかけていたダルちゃんの本能が「擬態して書く」という恐ろしさを拒否したのだろうか。

もしも擬態して詩を書くようになったら、ダルちゃんはヒロセくんを憎んだだろうか。

ダルちゃんは、傷ついてしまうとわかっていても薦めずにはいられない

冒頭に書いたことをもう一度繰り返したい。

読んで苦しくなるマンガ。
心がかきむしられるマンガ。
どうして、どうしてと泣き崩れたくなるマンガ。
孤高に生きることが、幸せなのかと問いたくなるマンガ。

この全ての言葉があてはまるようで、全く的外れのようなマンガ。
私はまだこのマンガの正しい感想を言葉にできない。

こういうマンガではあるけれど、私は全員に読んでもらいたい。
「擬態ってなに?」って思うヒエラルキーの頂点の人たちにも読んでほしい。
「擬態せずにどうやって生きるんだ」というダルダル星人の人にも読んでほしい。

でも読んだら、きっと心が苦しくなるのね。
爽快感はないと思う。

それでも読んでほしい。

作品の奥から、過去や未来の自分が傷だらけで現れると思う。
時には、そういう自分と向き合わなくてはいけないときもあるのだから。

傷ついた先に見える世界を、私はまだ探し続ける。

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この記事を書いた人

蒼(あおい)

蒼(あおい)

【灯台ブロガー】
●接客業を11年半やって、2018年5月31日で会社員を卒業しました!
●かつての私のように人生って暗闇だよねって思っている人に、灯台のように、北極星のように、そっと道を照らしてあげられる文章を書いて生きていきたい。

twitter:@yazumi_aoi

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