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ツレヅリスト、蒼です。

今日はお仕事でした。
実は今日はブログ界隈のお友達の多くはDpubというイベントに参加していました。
私のブログの師匠の1人である、立花岳志さんのブログ10周年記念と忘年会をかねた、一大イベント。
昼過ぎから、夜までの全部で3次会まで行われるイベント。
最近会えないお友達が、たくさん集まっていました。

その日時はずいぶん早くから決まっていて、実は仕事を休んで行くことも可能でした。
でも私は行かないことにしました。

これまでもイベントに参加できないことが多かったです。
SNSで楽しそうな様子をみるたび
「どうせ私はいなくてもいい」
「みんな行けるのに、私だけ行けない」
などなど、卑屈な気持ちになり、心は荒れ狂う嵐の海のようでした。

でも、今日は別にそういうこともなかった。
これは何が違うか。

それは「自分で決めたから」でした。

「仕方なくいけなかった」という経験ばかりで、いじけて孤独になる

今も昔もシフト制で働いています。
大きく違うのは「休みたいという希望が通りやすい」ということ。

昔は「人がいないのに休んだらどうなるのか」という状態でした。
自分が休んだら、シフトが回らなくなるということが決定されている人数で働いていました。
ひと月ごとにシフトが組まれていようが、1週間ごとに組まれようが、関係なく。
全然できなかった。

「社員が休むなんてありえない」という不文律がありました。
「休みの希望はだせるよ」といわれていても、実際に出したら「シフトが無理だったら休めないから」と切り捨てられるか、深夜あけの早朝勤務で4時間しか睡眠がないシフトがくまれるて、
「だって自分の都合でしょ、」
と言われるか。

そういう事が多くて、だんだん「自分の予定を週末に入れる」ということをあきらめていました。

だからこそ、うらめしかった、くやしかった。

私だって本当はあの場所にいたかった。
いや、そもそもこんなところにいるんじゃなくて、あそこにいるべきだった。

そういう思いにさらに、拍車をかけるのが「異質ビリーフ」。

また輪に入れない。
私はひとりぼっち。
どうにもならないんだ。

っていうやつ。

いやあもう、2週間ぐらい荒れるよね。
Facebook見たら、みんな写真上げるし、ブログ記事はアップされるし。

「楽しかったね~」とかいってんじゃねぇよ!
みたいな怒りがやがて、
「私はこれから1人で生きていくのよ、どうせいつも1人なんだから。目を閉じ耳をふさいで、孤独に暮らすわ、、、」
っていう謎の悟りに変わるまで。

ちょっとした地獄ですね。

自分で決めたら、寂しくならず集中して働けた

今回の職場はシフトの希望がだせる。
社員の人も「○○のイベントに行くので有給とる!」と率先して休みます。
なので、こちらも「予定があります!」といえば休める。
もちろん品だしなんかがあるので、チームの中で「この日休んでも大丈夫ですか?」みたいな調整はいるけれど、ほぼOK。
なので、行こうと思えばいけたんですよね。

でも、今回行かなかった理由は2つあって。

1つはちょうど
「だめだ、大人数と関わりたくない・・」
という状態の時期に募集があったこと。
心理的に「一人になりたい」期だったし、夏にいろんなことやりすぎて燃え尽き症候群でした。
あと、新しい職場にまだなじめてなくて「知らない人怖い」みたいなところもあったし。

家で膝を抱えて動画見てたかったのよ。(あ、今も変わらない)

2つめは単純に資金の問題。
いろいろゆとりがなくなってきていること。
そして冬はいろいろイベントが多かった。
私と相方の誕生日があり、クリスマスがあり。
ゲームセンターCXの毎年恒例の秋葉原イベントがある。
買いたいものもあるし・・・。

そう考えた結果、やっぱり冬の自分たちのイベントのほうが大切かな、と。

多少は「あぁ、会いたかったな。」と思う気持ちはあった。
でも、そんなに「なんで行けなかったんだよぉ!、うぉぉぉぉぉ!」みたいなことはなかった。

むしろ「私は仕事頑張るぜい!」みたいな感じで、集中して働いていた。
クリスマス商戦で、店はフィーバーフィーバーしてたけれど、気持ちにはゆとりがあった。

「自分で決めることができる」だけで幸福度があがる

今の仕事のお給料は安い。
そこだけ見たら、苦しいよなぁって思う。

でも、主導権が一番ある。
シフトは固定といえど、かなり自由がきくし、休みやすい雰囲気だ。
体調をくずしたら、みんなちゃんと休むし、そのことに不満を漏らす人もいない。
「シフトに穴を開ける訳にはいかない」とかいって、高熱でも出勤したりする人はいない。
「なんで土日にあなたが休むんですか?」という非難の眼差しも特にない。
シフト時間も安定しているので、休日も充実するし、自炊もできる。
他のお仕事もお引き受けできるので、おもしろい。

仕事も自分に裁量があるので、いちいち「あのぉ・・・やってもいいですか?」みたいなことを聞かなくてもいい。
もちろん大きなことをしたりするときには、上の人の許可はいるのだけれど。
それでも商品の選定とか自由だ。
その分責任もあるから、必死だけどね、パブリシティ逃したりしたら死にたくなるし。

そういう裁量権、主導権があると今回のように「イベントか、仕事か」というときにも生きる。
「選ばされた」ということではなく、「選んだ」という意識になる。
「相方と行くゲームセンターCXのイベントを優先しよう」という判断をしたら、気持ちがすっとした。

だから、「自分で決めることができる」だけで幸福度があがる、というのは本当なのだと思う。
あと、これは私だけなのかもしれないけれど、選択肢が少ないのもよかったかも。
ほぼ二択だったから。

そんなことを、今日終わって、「あ、寂しくないかも」と思って考えていた。
こういうふうに少ない選択肢で、主導権をいつも持って生きていけたら、いいのにな。

メンタリストのDaigoさんのこの本も読みたいと思っている▼

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この記事を書いた人

蒼(あおい)

蒼(あおい)

【灯台ブロガー】
●接客業を11年半やって、2018年5月31日で会社員を卒業しました!
●かつての私のように人生って暗闇だよねって思っている人に、灯台のように、北極星のように、そっと道を照らしてあげられる文章を書いて生きていきたい。

twitter:@yazumi_aoi

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