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ツレヅリスト、蒼です。
今日私の大好きなブロガーの、末光咲織ちゃんの記事を見て思いの丈をFacebookに。

咲織ちゃんの記事▼

それをうけての私のFacebookの投稿▼

そう私は小学生時代にクラシックピアノをひくのが何よりも嫌だった。

技術の限界を早々に感じていた

クラシックをひいても何も楽しくなかった。
軽やかに指が回るタイプではなかった。
クラシックピアノはやはり技術力がものをいう世界だと思う。
同じ学年に音大をめざす男の子がいて、それはもうかろやかにピアノをひいていた。

私は無理だな、とその時わかった。クラシックの道は無理だ。
どれほど指の練習をしても、あれほど弾ける自信はなかった。
そして、あれほど弾けるようになるために練習したいとも思わなかった。

楽譜を再現することにも喜びがなかった

クラシックは楽譜が優先される世界だ。
「どんなふうに弾くのか」がすべて指定されている。

そういうふうに弾きたいんじゃないのに・・・・と思っていた。
感情を込めてガンガン引きたいのに、そういうふうに弾くと「楽譜通りにね」といわれる。
そういう曲じゃないと思うのに、と思っていた。

1人目の先生はがっつりクラシックの先生で、指の練習、課題曲はクラシックオンリー。
窮屈だし、幼稚園とか習いたての曲って、あんまりメロディーがないからつまらない。
ピアノ習いたい!といいだしたが「一度やると言ったらやめるな」という親の威圧感にいやいや続けていたと思う。

その先生が退職されるに当たり、先生を変わった。
2人目の先生は割とゆるい先生だったので、クラシックが嫌だというのを1年ぐらいかけて訴えて、「指の練習はこれまで通り教本で、それ以外はポピュラーで」という流れになった。

映画音楽などをひくようになってからは、楽譜の解釈について先生はあまりつっこまなかった。
なのでサントラを聴き込んだりして、自分で強弱を調整しながらひいていた。
リズム感も私はないので、ジャズめいた曲は再現できなかった。
一度「海の上のピアニスト」の超難しいジャズアレンジめいた曲をやったけれど、
先生が「これ1曲だけでピアノの発表会はつらいわ、もう1曲いれましょう」というほど最後まで引きこなせなかった。

クラシックもジャズもだめだし、コードもわからないからアレンジも無理か。
どんどん中途半端になっていることを、薄々感じながらピアノを続けた。

唯一無二の感情をのせる激情型のピアノ

ただ私は表現力には自信があって。(先生がそう褒めてくれたからだと思う)
「悲しい」とか「激しい」系の音楽の表現は自信があった。

「葬送曲をピアノの発表会に弾きたい」といいだして、先生の度肝を抜いて全力で止められたこともあった。

そういうときに加古隆さんの「パリは燃えているか」であったり「黄昏のワルツ」は心を癒やしてくれた。

それは私の「生きにくさ」の無意識の表現だったのではないかと思う。

私はみんなとは違う、ということを365日痛感して生きなくてはいけないこと。
本来の自分をあきらめて、なんなら捨て去ってしまいたいと思って生きていること。

当時はそう具体的に思っていたわけではないんだけれど、それを曲に載せていたのだと思う。
かろやかに優しい曲も引いたのかもしれないが、私の印象に残っているのは、この2曲だ。

「悲しい」
「苦しい」
「怒っている」
「憤っている」

私のピアノは、こういう言葉を曲にこめていたのだ。

そしてその集大成がショパンの「革命のエチュード」だった。

殺しのメロディ「革命のエチュード」

大学受験のためにピアノを辞めることになり、私は最後の発表会に「革命のエチュード」を選んだ。
最後の最後でクラシックに帰ってきた。
指が動くことが何よりも要求される。技術力がものをいう曲の一つだ。
この曲はピアノを辞める2年前から先生にリクエストしていたが、先生は首を縦に振らなかった。
相当上手い人でも、この曲を成功させるのは難しい、というのだ。

理由も理由だったのだと思う。
クラシックが弾きたかったから、この曲を選んだのではない。
仮面ライダークウガで、怪人の「ゴ・ベミウ・ダ」が殺人ゲームで使う音楽だったのだ。

楽譜通りに人を殺す、というルールで行われるときに選ばれたのが、「革命のエチュード」。
なかなか印象的なシーンだった。
音楽と殺人が、垣根をこえてぽんと結びつく理不尽さ。
それまでかかっていたヒップホップのチャンネルを勝手に変えてこの曲を気にいたベミウが、殺しをスタートする。
その「好きだったんで」ぐらいの理由ではじまる、あの無造作さ。

革命のエチュードを弾くということが、自分には難しいとわかっていた。
先程いった音大を目指す同級生が、「革命のエチュード」をよく弾いていたのだ。
つっかかることもなく、高速で。
あれがこの曲の速度なのなら、自分はその速度で弾きこなせないとわかっていた。

そして最後の年、半年かけて練習したけれど、あの速度には到底及ばなかった。
ミスもした。
ただ、まちがいなく私の「激情」はあそこにあった。
あれは誰にも弾くことのできない、そして今ピアノをまた練習したとしても再現できない「革命」だ。

自分の心を殺して生きていると、
私は人生を諦めていると、
誰も私を助けてくれないのだと、
自分を捨てる日が来ればいいのに、
この世界を早く脱してしまいたい、
息苦しさから自由になりたい、

あの「革命のエチュード」は、私にとっても殺しのメロディだった。
むける先が見つからない刃をふりまわしている感じだった。

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