「自分を好きになりたい」わたなべぽんー首がもげても惜しくないほどに共感しまくった

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ツレヅリストの蒼です。
年末にすごい本に出会ってしまって、今も毎日お風呂で読んでいます。

わたなべぽんさんの「自分を好きになりたい」という本▼

この本は店頭に並んでから気になっていたのですが、全然手に取れなくて。
なんか怖かったのかもしれないです、運命すぎて。
読み始めたら、共感しすぎて、うなずきすぎて、首がもげても惜しくなかったです。

自分が嫌いなんですあるある・・・にすべて当てはまる気がした

この本は小さい頃の心の傷をおとなになっても、ずっとひきずっていたわたなべぽんさんが、「自分を好きになりたい」と思い立って行動をした11この行動例が載っている本。
その行動やまつわるエピソードにも涙が出るぐらい共感できるけれど、私の度肝を抜いたものは「自分が嫌いなんですあるある」というものでした。

これはコラム形式にぽんさんが書いている1ページに過ぎないのですが、これがまたハマるの。

例えば。

「派手で楽しそうにしている人がうらやましい反面ちょっとバカにしている」

これすごいよくわかるんですよ、学生の時とかそうで。
楽しそうって思いながらお金無駄じゃない、鼻で笑ってた。

「好きな俳優がいてもかっこいい、顔が好き!といえずつい、演技が思ったより上手でさ、出てるドラマも脚本が良くて~といいわけしてしまう」

めっちゃそう。
顔がかっこいいから!ってなんかいえなくて「え~いない。興味ない若手の俳優」とかいってた。
窪田正孝くんが好きだけれど、「演技上手いし、アクションできるし」とかいちいちいってた。

「内心自分はツッコミだと思っている」

ボケっていわれると、バカにされてる気がする。
シビアに辛口に上から目線でツッコミたいと思ってるし、そんなふうに物事をみていた。
お笑いであははは!って爆笑するよりも「うん、面白いネタだったよね、」って批評家ぶるとかね。

などなど、他にも載っているものが、いちいち全部当てはまって。
びっくりしました。
私だけじゃないんだ、こういうの!!って。

実は私が観察されていてモデルなんじゃないかと思ってしまうほどに、まんま自分でした。

ぽんさんとお母さんの関係に、自分と母親を重ねて涙した

ぽんさんとぽんさんのお母さんの関係はなかなかにヘビーに描かれています。
束縛の度合い、怒ると度を越してしまうとか。

子供を叱る母親の怒声を聞いて胸が苦しくなる

今でも子供を叱る母親の怒声を聞いて、胸が苦しくなる時があると、書かれています。

私もそういうことがあります。
本屋という仕事柄、子供を叱る親御さんにはよく出会うし、普段は全然平気です。
でも、一度だけ死ぬほど怯えたことがあります。

当時住んでいた家から職場まで向かう、電車の中。
目の前に男の子と両親が乗りました。
お母さんはその時点で怒っていたのですが、男の子に向かって
「隠していたってパスモでジュースかなんか買ってるのはわかってるのよっ!」
ってすごい剣幕で目の前で怒ったんです。

その時心臓が止まるぐらい、バクッとしました。

母親にお金のことで怒られたことを反射的に思い出したんですね。
小学校4~5年ぐらいかな、うちはお小遣いがなかったのですが、夏におばあちゃんの家にいくとお小遣いをもらっていたんですね。それを貯金箱にいれていました。
私は思い立って、その貯金箱からお金を持ってセーラームーンのカードダスをやりにいったんです。
200円いれてまわして、5枚出てくるカードダス。(ガチャガチャのカード版みたいなもんですわ)
なにか買うには親の許可がいるんですが、このお小遣いは自分のものだし~と思って、本当に何気なく。
欲しいから買おう~って買いに行ったんです。

そして家に帰ったら、母親にバレましてね。
それはもうめちゃくちゃ怒られて。
カードはとりあげられるわ、「黙ってお金を使うなんて泥棒も同然だ」といわれたりとか。

理不尽だよなぁ・・って今は心から思います。
200円。子供がもらったお小遣いを子供に管理させておいて、「泥棒」とは。
私は黙って怒られながら、理不尽だ!と胸に押し込めていました。
そしてお金をつかうことに罪悪感と、親の管理の下にいることのあきらめを知りました。

当時のことを思い出して、逃げ出したいぐらい、目の前のお母さんと男の子の姿がつらかった。
あのときのことをまざまざと思い出しました。

母の言葉は同じ女としても到底受け止められるものではなかった

別のシーンで、ぽんさんが「これはもう無理だ」とお母さんに対して気持ちが切れるシーンがあります。
その時のぽんさんのお母さんの言葉は、私も言われたら衝撃で言葉も出ないだろう、というものです。

私は母親に「男の人が出入りしているなんて、近所の人に遊んでいると思われるのよ」といわれたことがあります。

相方と付き合い始めてすぐのときでした。
当時は母親とまだ仲良くしており、彼氏ができたんだよね~という報告をうれしく報告しました。
一人暮らしをしている部屋に、冷凍のおかずを差し入れしてくることの多かった母親に
「この間二人で食べた~」というようなことをいったら、翌日部屋を訪ねてきました。

そして言われたのが「遊んでいると思われる」という言葉。
私を小さい頃から知っている知り合いのおばさんにも相談したが「なんでそんなことにならないようにしていたのか、とあきれていた」といわれたり。
お泊まり道具を見て、「泊まっていくなんて非常識」。
「何している人なの大学は?」「フリーターなんて」とそれはもう否定的な言葉を並べ立てました。

そのときにぷつんとキレて「私の人生なんだから構わないでくれ」といったら、打ちひしがれた被害者みたいに帰っていって、そしてそれからは二度と私の住んでいるところに来ることはありませんでした。

当時私は25歳でした。
別に私の感覚からしたら、泊まりに行くとか、泊まりに来るとか、ふつうのことでした。
世間的にもそれが恥ずかしい、という時代でもありません。
毎日とっかえひっかえ男の人が違うわけでもない。
25歳ですし、別に結婚してもいいわけですし、子供を授かるタイミングがあれば授かっても良かったのです。

弟の同級生だったり、母方のいとこでも、できちゃった結婚の例は数件あり、寛容な姿を見せていたのは外面か。
と、その時まざまざと母親の内面を知りました。
他人だったらいいのかもしれないけれど、自分の子は許さない、という歪んだものを感じました

ぽんさんの2コマのシーンで、また感情をゆさぶられました。

それ以外にもぽんさんのお母さんとのシーンは、私と母親の関係をみているよう。
顔色をうかがっている、もう束縛をあきらめているとか、そういうシーンのひとつひとつに胸が痛みました。

いつか私も良い思い出を思い出すだろうか。

最後の章で、ぽんさんは、ふとお母さんとの良い思い出を思い出します。
私には今はまだないことです。
そういう日がいつか自分に来るのか、ということを全く思い描けない。

自分の人生に関わらせる気がありません。(これは母だけでなく、父に対しても思います)
職場や、家の保証人を頼まなくてはいけないとき、未だに屈辱的な思いをします。
「またこの人達に頭を下げないといけない」ということがつらすぎて、就職やめたくなったこともありました。
相方を紹介したときの両親揃っての態度は、私にとっては到底許しがたい。
どの人の結婚式に出ても、花嫁の手紙のシーンで酔い感動も覚めるぐらい、「自分の時は決してやるまい」と誓ってしまったり。

あのときの嫌なこと、このときの嫌なこと、
どれほど苦しくても「一人で乗り切ることが当たり前」な私に対して、弟には両親揃って駆けずり回って面倒見ていたこととか、そういうことばかり。

ぽんさん、私もいつかぽんさんのように、思い出す日がくるんでしょうか。

自分を好きになりたい人には、絶対にオススメの1冊

私はぽんさんがチャレンジしたことを、真似て同じことをしている、というわけではありません。
しいていうなら、「えらいねぇ。」と自分の中の子供を褒めるようにしている、ということかな。
皿を洗っては褒め、早く寝る自分を褒め、ゲームをする前に家事をしたことを褒める。

その他は、2019年は「無邪気」に生きてみようと決めたこと。
笑顔で楽しく生きることを優先しよう、と決めたのです。
ぽんさんの「自分の中の子供を喜ばせる」ともしかしたら、同じかな。

12月ぐらいから、私は自分を褒めるようになって、少し自分がゆるんできた気がしています。

毎日つらいとか、自分を責めてしまうとか、そういう方には、ぜひぜひオススメの1冊です。

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この記事を書いた人

蒼(あおい)

蒼(あおい)

【徒然と日常を綴るツレヅリスト/書店員】
●2018年5月31日、自分を大切にしない働き方をやめました。
●現在は書店員(料理・手芸など以外の実用・芸術担当)
●ご機嫌に毎日を過ごす方法にチャレンジしてます。

twitter:@yazumi_aoi
Instagram:@aoi_2re2re

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