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最終講で、シティーハンターの香ちゃんに10tハンマーで殴られたような衝撃を受けた蒼です。

今この文章を書きながらも、この漢字の量でいいんだろうか・・。
この文章ですら長いんだろうか?
どこらへんをひらがなにしたら、読みやすいの?

気になってキーボードで文章をだだだっと打つ。
バックスペースを連打して消す。
そんな感じでブログを書いています。

自分の文章には、自分のリズムがある。

先日黒歴史が届いたというブログを書いたのですが、
私は小さいころから文章を書くことが大好きでした。
宿題の作文を原稿用紙10枚分書く子供だったし、物語を書きたいと思っている子供だったので、
そのころぐらいから、日々ひたすら文章を書いていました。
そして、大人ぶって漢字を使ったりするのも大好きだった。
国語でどや顔で音読するぐらいしか、目立った才能がなかったこともある。

黒歴史を読み返すのは恥ずかしい。
けれど、確かにこれは私が書いた文章である。
私のリズムがあって、私の言い回しがあって、というのが迫ってくる。

これをよくいえば「個性」悪く言えば「くせ」というのだろう。
「くせ」は直したいけれど、「個性」は大切にしたい。
だって、それが私なんだから。

これまで読みやすさなんて、気にしてなかった

ブログ=日記という認識でいたので、人が読むことはそういえば想定していなかった。
そのくせ・・・コメントがつかなかったりすると・・へこんでいた。
今もそうだけれど、当時もやさしい仲間がいてコメントをくれたり、
アメブロ時代は、ぺたをよく押してくれていたので、続けられたんだろう。

でも、Be塾で「ブログとは自分を進化させるツール」と知った。
そして「自分のメディア」であるということも知った。
講座ではもっともっと先まで教えてもらった。
未来があるのだ、このブログには。
そして私にも。

となると、人が読むことを想定しないなんておかしな話だ。
誰も読まないメディアなんて、メディアの意味があるのだろうか?

そして大事なことなので、あえてもう1回書くが
一般人の日記なんて・・誰も読まない。
自分が磨きをかけてきた日記を書かないなんてことはないけれど、
書評だったり、映画や商品の感想を書くとしたら、違う文章力もいるんじゃないだろうか。
違う構成力もいるかもしれない。
ものくろさんが、ノートや原稿用紙に考えをまとめて書いていらっしゃったから、
そういう手法も試してみたい。

日常に磨きをかけるなら、はあちゅうさんが目標

例えば、私ははあちゅうさんがnoteで出している「月刊はあちゅう」を購読していて、
毎朝読むのをすごく楽しみにしている。
内容は彼女の日常であるし、立場上いろんなことをぼやかして書かないといけないハードルもありながら、
読むのが楽しみなのは・・・・文章が優しいからではないかな、と思う。
はあちゅうさん自身が傷ついたことや怒っていることも、ときには書かれているのだけれど、
読み手にそれをダイレクトにぶつけてこない。
先日の肩書論争のことを取り上げた時ですら、それをしっかりと自分の中で昇華していて、
きっといろいろ憤りを覚えただろうなぁと伝わってくるけれど、「私本当にむかついた!!」とぶつけてはこない。

真似をしていきたい。

もちろんはあちゅうさんは一般人などではなく、作家さんなので、ただ日々の日記を書くことにしました、
と言われても読む。

まとめ

・文章に「くせ」があるなら直したいけど、「個性」は私だから大切
・書評などは「構成力」を磨かないといけないかもしれない。
・日常に磨きをかけるなら、目標ははあちゅうさん

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この記事を書いた人

蒼(あおい)

蒼(あおい)

【灯台ブロガー】
●接客業を11年半やって、2018年5月31日で会社員を卒業しました!
●かつての私のように人生って暗闇だよねって思っている人に、灯台のように、北極星のように、そっと道を照らしてあげられる文章を書いて生きていきたい。

twitter:@yazumi_aoi

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