ミニマムな人間関係には、常に愛情のバランスがつきまとう

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ツレヅリストの蒼です。

最近「バランス」のことを考えています。
特に愛情の。

ずっと考えています。

愛情には常にバランスがつきまとう

そもそも愛情にバランスとか、対等という価値観を持ち込むのはおかしいのかもしれない。
「無償の愛」という言葉もあるし、「惜しみない愛」なんて言葉もあるし。

でも親子、男女、とふと単位をミニマムに考えたとき、やっぱりバランスがあるんじゃないかなぁと思う。

「お前のそういうのが重いんだよ!」

ってよくドラマとか、少女コミックとかでよくあるじゃないですか。
あれって、本当に「重い」んじゃないかなぁ・・。

自分が想像しているよりも大きいものが来たら、うれしいかもしれないけれど。
常に大きいもんががんがんやってきたら、プレッシャーがあるじゃないですか。
そんなん返せないわ、っていう思いが最後に「いらん、そんなんいらん!」ってなるのかなと。

親と子の愛情のバランスー私の家族の場合

私は親の「愛情」というのがよくわかりません。
ちょっとそのあたりのことを書いてみますね。

母親からは過剰な束縛と、完璧を求められる愛だった

周囲の人には「蒼ちゃんのお母さんは本当にいいお母さんねぇ」っていわれて育ったんですけど。
こちらとしては「束縛」「鳥かごに私を閉じこめる人」「やりたいことをつぶされた」とか、そういう風に思っているんで。
「世間の悪いものに子供を触れさせてなるものか!」「世話をすることが愛!」みたいに思っているんだとしたら、
私の実家に住んでいた23年間は、常に「そんな愛いらんわ」という世界だったといえます。

そのくせ、「弟ばっかり」という思いはあって、「自分への愛情は弟に比べたらなかった」と思っています。
「私は完璧に行動できないと愛してもらえなかった」と思っています。

すごく小さい頃のことで恐縮ですが、弟が1~2歳のとき、なぜか本棚の本を毎日全部出してたんですよ。
全部床に出して、そのあと、スリッパをかじってテーブルの下にいる。
それでも弟は「かわいい」といわれていて。

片や私は、弟がだしたものを毎日片付けてもホメられることもないし、何かふざけたことをすれば怒られる。

母にとって私と弟は、存在価値そのものが違う。

ということを、ずっと感じながら生きていたわけです。

共感力0の父親

父は最近気づいたんですが、共感力が恐ろしく低い人だおともいます。
自分の行動が100%正しいという確信があるので、意見を戦わせることもいとわない、という点ではぶれないスタンスについていく人もいますが、同じぐらい嫌われるのですよ。

小さい頃、父と自転車ででかけたりあの人は一度も後ろを振り向きません。
私が自転車で後ろを走っていても、ついてきているか確認しない。
で、ようやくいないと気づいて言う一言は「遅いじゃないか」ですもの。

父親は仕事場近くの図書館で、私と弟に本を借りてきてくれましたが、それも「名作」みたいなのばっかり。
実は私がサスペンスが好きだとか、そういうの気づいていたんだろうか。
マンガを読みたいって気づいていたんだろうか。

昨年の5月に私が仕事を辞め、相方と同棲したいといったときも、一度も私の話に耳を傾けませんでした。
マジで壊れたテープレコーダーなみに、自分の主張を繰り返し、私が受け入れない時は激昂する。
「私がどんな思いでここにいるか」
「どういう気持なのか」
ということに、とんと考えが及ばない人なのです。
そういうことを一度もきかれなかったですね。

私は望んだ愛を得られなかった。

まとめると、

私は親の愛を「少ない」と思っていたし、同時に「重い」とも感じていた。
どちらも私が望んだ愛ではなかったわけです。

では、私は親に愛を与えていたのか?

では、私が親に対してはどうだったろうと思うと、今は「0」だろうなと。
実家に帰ることは1年に1回あるかどうか。
先日母親が入院したのですが、見舞いにもいかなかったし、入院とか退院の連絡がきたけど、事務的に返しただけ。
父親からは今年とうとう年賀状がくるようになりましたが、返していません。

子供の時は、自分なりには愛を持って接していた気がします。
母親には、求められていたいい子の姿勢を貫きましたし、父親が単身赴任で家にない時は弟のことでの相談は私がのっていたし。
父にもなんとかして認めてもらいたいと、子供ながらにいろいろした気がします。
算数が苦手だから、がんばって理数系が得意な父親に質問にいくわけですが、
共感力0ということは「わからないといっていることがわからない」ので、結局全くわからず怒られて終わる繰り返し。
そのまま反抗期がはじまり、未だに終わる気配が見えません。

きっとおそらく向こうも「あの子は薄情だ」「何を考えているかわからない」と思っているんじゃないかな。
「手塩にかけて育てたのに、あんなふうになって」みたいなね。

だから私もきっと、親が望んだような愛は与えられなかったんじゃないかな、って思います。

お互いに欲している愛は得られなかったわけで、それが今の断絶的な関係につながっているわけです。

男女の愛は、もっと露骨にバランス重視なんじゃないか

恋人ってなると、ベースがもう他人ですから。
どこまでお互いのバランスをとるか、ということが求められる。

お金のバランス。
現金派?カード派?
普段ちょっとご褒美にお金使いたい派?年に1回どーんと旅行とかでお金使いたい派?
財布の紐はどっちが握るの?
趣味にお金をつぎこむの許せる?
(よく奥さんが旦那さんのコレクションぶっ壊したり、捨てたりという話を目にしますが・・心が傷みます。)

お金って生活に密接に関わるから、そこがずれてるだけで、めちゃくちゃストレスですよね。

仕事のバランス。
旦那は稼ぎ、妻は家を守る?
男性側が「俺が養ってやるから、お前は家にいろ」的なタイプの場合もあるし、
女性側が「年収の高い男性と結婚して家で悠々自適に過ごしたい」という場合もあるだろうし。

「お前は家にいろ」的な男性と、「私はバリバリ働いていきたいの!」という女性と結婚したらお互いに悲劇。
そこから紐づく、家事のバランスもあるかもしれない。

その他にもありますよね。
愛情表現の程度とか、家族計画の考え方とか、子育ての考え方とか、親戚づきあいとか、友達との付き合い方とか。

なんか考えだしたら、キリがないぐらい。

そのバランスをどれぐらいでとるのか。
許容範囲はどれぐらいなのか。

ということが、男女関係にはシビアに現れるんじゃないかと。

「世界で一番君が好き!」という人と「好きって言われたから」という人とかのバランスならどうなんだろう?
とドラマの脚本にありそうなことまで、最近バランス目線で感がてしまいます。

「妻のトリセツ」が爆発的に売れているのを見ると、世の中みんなその「バランス」に悩み苦しんでいるんかなぁ~としみじみします。

ミニマムな人間関係には、常に愛情のバランスがつきまとう

やっぱり結論として、関係性がミニマムであればあるほど、バランス問題がつきまとうんじゃないかなぁと。
家族は解散して別の形でつきあっていくということはできないけれど、
男女の場合は、ビジネスパートナーにもなりうるし、友達に戻る可能性もあるわけで。
恋人、夫婦のまま噛み合わないバランスと戦わなくて言い分、なんとなく、希望がある気がする。

そんなふうに思うのは結婚経験がないからなんでしょうか。

今回は家族と、恋人・夫婦で考えましたが、友情とか職場とかにも当てはまりますよね。
自分と、相手のバランスがとれているのか?という視点は、常に必要だなぁと感じています。

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この記事を書いた人

蒼(あおい)

蒼(あおい)

【徒然と日常を綴るツレヅリスト/書店員】
●2018年5月31日、自分を大切にしない働き方をやめました。
●現在は書店員(料理・手芸など以外の実用・芸術担当)
●ご機嫌に毎日を過ごす方法にチャレンジしてます。

twitter:@yazumi_aoi
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