ネガティブなことを発信するのは「私を見て中毒」だし「痛い人」だよって、当時の私にいいたい

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ツレヅリストの蒼です。
最近書いては「う~んいいたいことが文章になってないわ~」って思ってお蔵入りさせることが増えています。

かつて私も、(いや今も時々やる)
SNSでネガティブなこととか、たくさん書いてたんですけど。
自分が読み手側になったときに、そういう投稿をみて、やっぱり書きすぎるのはよくないなーって最近自戒を込めて思います。

やっぱりネガティブなイメージが払拭できなくなるし、
ある一定のラインを超えると同情が欲しいだけなんじゃないのかしら、とおもってめんどくさくなるし。
いいことないよなぁ~って。

そういう経験がある私。
当時の私を今表現するなら「私を見て中毒」みたいなもんで、ただ「痛い」人だと思っています。

ネガティブなイメージが払拭できなくなる

この人は常にマイナスなこと言ってる人、
この人は常に怒ってる人、

イメージの払拭に時間がかかるどころか、とれないです。

「この人お騒がせタレントさんだなー」
「このインフルエンサーさんはつねに炎上狙いだよな」
と私たちが名前を見ただけでイメージするのと全くおなじことが、自分の発信でも起きます。

名前見ただけでネガティブな発言だろって思うと、読まなくなりますよね。

リカバリーが難しくなります、ほんとに。

何回か書いていますが、私、昔ウルトラシリーズで経営陣が変わったあとの作品について、真っ向からディスっていた時期がありまして。
「可愛さ余って憎さが1000倍」ぐらいで、激しいディスを当時のブログに書いていました。
その時点で「どんな作品であれ、愛するべきだ」という姿勢のファン仲間がごっそりいなくなりました。
(あなたとはもう友達でいたくない、というメッセージももらいました)

そのあと、もう憎さも通り越して無関心になったときに、久しぶりにとあるウルトラの番組を見まして。
SNSに「夏の場面なのに桜がうつりこんでたな~」っていう感想を書き込んだんですね。
もうこの時点で、批判とか憎いとか言う思いはなくて、ただ画面に桜がうつっていたから、そう書いただけだたんですね。
それ以外にも割と好意的なコメントを書いていて、久しぶりにウルトラシリーズ見られそうな気もしてたぐらい。

でも、そのSNSについたコメントが「そういう小さいことにしか目を向けられないから、作品を楽しめないんだ」っていう痛烈なもので。
ディスっていた時期は数年前だったけれど、もう「蒼=ウルトラをディスる人」っていうイメージができあがっているから。
「夏のシーンで桜の映り込み」っていう気づきもディスにか思われないのかと。

あぁ、リカバリーはできないんだなぁと思って。

その時点で私は、もうウルトラシリーズからは離れることにしました。

同情が欲しい人なのかと思う

「今日は嫌なことを言われた。落ち込む。」
「理不尽。泣く。」
「これも試練かもしれない。」

SNSって詳細なことは書かないですよね。名前はもちろんのこと、性別とか、全部そぎ落として書く。
当たり前ですけど、自分にも相手にもプライバシーがある。
さらにいうと相手の名誉もありますし、そこは慎重になって当然。

でもそうなると、内容が超ぼやけてよくわからない文章ができあがるんですよ。

なんかわからないけれど、今日も大変そうだ。
今日もなんか嫌なことがあったらしい。

そうなると、周りの反応って

「どうしたの?」
「大丈夫?」

でしか関われないですよね。

最初はいいかもしれないけれど、毎回そういうことを繰り返してると、どうでしょう。
読み手はある日「なんかめんどくさい。」って関わらなくなります。

例えばですよ。
会社でも学校でもいいけど、隣の席の人が毎日毎日「今日も朝こんな不幸がって」話しかけてきたらどうです?
すごく嫌じゃないですか?
「マジで席を変えてほしいです!」
って先生や上司に苦情を言うレベルかもしれません、

SNSは発信の場だから、別に相手は拾わななくてもいいのですけれど。
タイムラインにしょっちゅう流れてくると、やっぱり「そっとミュート」「渾身のブロック」は発動しますよね。

ちなみに私は、ブロックないしミュートされてるなぁ~っていう人が何人かいる自覚があります。
それはもう、自分が毎日毎日、ネガティブなことしか書いてこなかった結果です。
もうしょうがないです、取り戻せないし。

自分は不幸と撒き散らすのは「私を見て」という心の叫び

正直なところ、怒りをふりまこうと、私は不幸をふりまこうと、それは全部「私を見て」っていう叫びなんだろうなぁと思う。

私、頑張ってるのに、こんなことされた、怒り!
私は、不幸を乗り越えようとしているけど、やっぱり不幸なの!

で、「かわいそうだね」というボタンが押されたり、コメントをもらえたりするのに心が満たされるんですわ。
一瞬だけ。

もう完全に中毒だと思うのです。
ってか本当に中毒。
「私を見て」中毒。

昔、「思いを書きたいならクローズドの場所に書いたら?」と提案されたことがあります。
それでLINEグループも試したし、twitterの鍵垢も試しました。

でも1週間と持たなかった。
ただ吐き出したいだけなら、続けられるのに。

人の目につくところじゃないと書けないという現実に、当時は「なれない場所だから」なんていってましたけど。
違うんです、私は誰かに読んで「かわいそうだね、蒼ちゃん」「がんばってるね、蒼ちゃん」っていってほしかっただけなんです。
その言葉をもらいたいだけの中毒。

当時の私を断ずるならば「痛い人」

・・・厳しい言い方をするならば、当時の私を「すごく痛い人」だと断じます。
かわいそうでしょアピールとか、がんばってるけどダメなんですアピールとか。
毎日、毎週、1年中やってて、人はあなたに興味持ちますか?って感じ。
実際にあったことがある人ならまだしも、ネットだけのつながりの人なんて、今の私なら即刻ミュートかブロックですわ。

そういうアピールしてるときは、自分をあきらめてるだけだから。
対策とかなんもしてなくて、ただ受け身で振り回されて怒ってるだけだから。

なんで良かれと思ったことに、いつもつけいれられるように相手が痛いところをついてくるのかとか、
自分を悲しませる原因はなんなのかとか、
向き合わずに、ネタにしているだけだから。

「そういう状況にいる自分、本当は好きなんでしょ?灰をかぶって永遠に床磨いてたいんでしょ?」
シンデレラには魔法使いのおばあさんくるけど、あなたはつかみとりにいかないかぎりコないんですけど。

そういうことを、含めて「痛い人」だと断じます。

ただ、自分の存在を「痛さ」でしかアピールできなかった。
そういう人生を歩んだんだなぁと、今はただ認めています。

もしこの記事が、過去に届いて。
当時の私の目に入ったら。

すごく怒ると思うわ。
しかも、めちゃくちゃ怒ってノリノリでブログ書くと思うな。

だって、おいしいもん、「私かわいそう」っていえるネタ見つけたから。

PressSyncで書いて、PCでまとめてみました。

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この記事を書いた人

蒼(あおい)

蒼(あおい)

【徒然と日常を綴るツレヅリスト/書店員】
●2018年5月31日、自分を大切にしない働き方をやめました。
●現在は書店員(料理・手芸など以外の実用・芸術担当)
●ご機嫌に毎日を過ごす方法にチャレンジしてます。

twitter:@yazumi_aoi
Instagram:@aoi_2re2re

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