広告

ツレヅリストの蒼です。

なんとはなしに、ここ最近。
「人に伝わる文章とは、感情のないものなのではないか」
と思っています。

事実をただ書いて、主観1割ぐらいの文章でちょうどいいのでは、と。

そんなことを改めて思うことがありました。

マニュアルに感情はいらない

相方が新職場に異動して、1週間と少し。
やったことのないジャンルの対応もおぼえなくてはいけない、配られたマニュアルを読んでいました。

私も、その経験あるので見させてもらったんですが、、、。

そのマニュアルから伝わってくるのは

「怒り」

でした。

やり方と注意点が簡潔に書いてあるのが、マニュアルだと思っていましたが、、、。
このマニュアルに随所にでてくるのは

「困るので辞めてください」
「迷惑です」
「あなただったらしますか、しませんよね?」

という文言。

注意点の域を超えた、怒りの強さでした。
読んでみて「この人、よほど腹に据えかねたことがあるんだろうなぁ」という印象。

会ったこともない、そして今後会うはずもない、このマニュアルを作った人よ。

私は、あなたにかつての私を見ましたよ。

いや。

いまもかな。

事実よりも感情しか伝わらない文章の意味とは

私の文章は、私だ。
思考と感情は脳から指先に直結している感覚。
文章を書く時に、迷ったりすることはない。
そのまま全てがこうして文字になっていく。

きっと、、あのマニュアルを書いた人もそうなのではないか。
その結果があの、「怒りに満ち満ちているマニュアル」なんじゃないのか。

そこに私のブログを見た気がした。

伝えたいことよりも、感情しか伝わらないブログなんだ、私のブログは。

自分に嘘のないブログというならば、褒め言葉になろうが、だからといって、見知らぬ他人の心をスナイパーライフルで攻撃したり、闇夜に乗じてナイフで殺していい訳では無い。

感情のない文章を書きたい

感情を押し殺して生きたいのではないが、感情のない文章を書きたい。

きっと書けないだろうから。

自分を俯瞰して、距離を置いて文章を書く。
私がお行儀のよくてつまらなくなってる、という私の今をもっと、もっと、フラットにしてみたい。

だって、読んでてマニュアル不愉快だったのだもの。

かつての自分を見せられることほど、人生で辛いことは無い。

via PressSync

このブログが気に入ったらいいね ! をお願いします。
更新情報をお知らせします。

Twitter で

広告