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気づけば、100記事目が近づいている。
B塾で最初の山は200記事だと教わった。
ざっくりいうと、ようやく半分まできた。

100記事もコツコツかけたことを喜んでもいいはずなのに、
最近、気が重くなっている。

青葉マークブログ会(仮)という、B塾の同じ初級クラスを受講したメンバーとのつながりが生まれ、
交流も活発になっている。
B塾があるおかげで、どんな内容でも誰かは読んでくれる。

恵まれている。幸せだ。
毎日いろんなことを書いて、誰かが読んでくれる。
いいねを押してくれる。

楽しい。
ブログ初めてよかった。

楽しい、楽しい!と、日々書き続けている心のどこかで、
「このままでいいのか?これがやりたかったことなのか?」

100記事が近づくにつれて、そんな思いが膨らんでいく。

どうせ誰にも届かないのに、という思い

「人に物を伝える時には、その1割しか伝わらないと思え。」
と昔、誰かに言われたことがある。
この言葉の真意は、
1割しか伝わらないのだから、それを補えるようなコミュニケーションをしよう
というところにあるのかもしれない。
だが、その言葉を聞いてから、今までこんな風に思っている。

「1割しか伝わらないのなら、伝えても無駄なんじゃない?」

必死に10割以上話しても、1割しか届かないなら、伝えても無駄なんじゃないか。
実生活でもあるのだけれど、時々もういいや、と伝えることをあきらめてしまう。

思いが届かないのに、伝えようとしていることに意味はあるのだろうか?

それはただの自己満足

私は文章を書くのが好きだ。
思ったことを文字にする作業が好きだ。

届こうと届くまいとしったことではなく、ただ言葉や思いを文字にする。
それが好きなのだと思う。

ブログという開かれたメディアをやっているのに、
届かなくても別にいいや、とどこかで思っている矛盾。

気づきたくないけれど、どこかで気づいていた。

それはただの自己満足なのだと。

私はなぜブログで書くのだろうか?

言葉や思いを文字にするのが好きなら、ノートだっていいし、
Wordを立ち上げて、PCで打ち込んでいくのもいいだろう。
自己満足万歳。
自己完結上等。

でも、私はブログで書いている。
人に喜ばれるような記事を書かなくちゃとか、
誰かが、この記事読んでよかった!と思われる記事を書かなくちゃとか。

そういう理屈はわかっている。
わかっているけれど、そういう内容の記事は書いていない。

いや、書いていないんじゃない。
書けない。

私が人に役立つようなスキルとか、好きなものとかあるのだろうか?
何もないのに、書き続けていいものだろうか?

ただ自分の言葉や思いを書き連ねるだけなのに、
私はなぜ、ブログで書いているんだろうか。

根本的な問いかけに、今日も答えが見つからない。

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この記事を書いた人

蒼(あおい)

蒼(あおい)

【灯台ブロガー】
●接客業を11年半やって、2018年5月31日で会社員を卒業しました!
●かつての私のように人生って暗闇だよねって思っている人に、灯台のように、北極星のように、そっと道を照らしてあげられる文章を書いて生きていきたい。

twitter:@yazumi_aoi

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